推しを労う時間と、残る余韻
湖畔から戻ってきた寮は、
午前の賑やかさが嘘みたいに静かだった。
アメリアは自室の扉を閉めると、
ひとつ深呼吸した。
(……危なかったなぁ……
でもアレク、すっごく頼りになった……!)
濡れた制服の冷たさよりも、
アレックスの腕に引き寄せられた時の温度のほうが
まだ鮮明に残っている。
アメリアは胸の前で手をぎゅっと握った。
(“助けに来てくれる推し”…
最高すぎるんだけど!?)
自分で思って、自分で顔が熱くなった。
そんな時、
扉の向こうから軽いノック音。
「……アメリア。入るぞ。」
アレックスの声だった。
慌てて胸元を押さえつつ、
アメリアは扉を開けた。
「アレク!大丈夫!?風邪ひいてない?」
アレックスは少し驚いたように瞬きをした。
「……俺?
いや、平気だ。
水に落ちたのはアメリアだろ。」
「でも、助けに飛び込んでくれたじゃん!
疲れてないの?痛いところは?ない?」
推しへの心配が100倍乗っているため、
どうしても距離が近くなる。
アレックスは耳まで赤くなり、
視線をどこに置いていいか分からない様子だった。
「……平気だってば……。
ていうか……そんな心配するなら……
あんまり無茶するなよ……」
小さくつぶやく声が、
いつもよりほんの少し頼りなげで。
アメリアは胸がきゅっとなる。
「ごめんね。
滑っちゃって……怖かったよね。」
アレックスは一瞬だけ目を伏せ、
そして小さくうなずいた。
「……怖かった。
アメリアが届かない所に沈んだら……
俺、どうしていいか分からなかった。」
アメリアは迷わずアレックスの手を取った。
「助けてくれて、ありがとう。
アレクがいてくれてよかったよ。」
手を握られたアレックスは固まった。
アメリアの“推しへの全力の笑顔”が
まっすぐ向けられる。
「ほんとに大好き!
アレク、ありがとね!」
アレックスの心臓が跳ねた音が
聞こえてしまいそうなくらい。
「……っ……
あ、ああ……」
まともに返事できず、
少し俯きながらアメリアの手をそっと離した。
だけど。
離した後の指先が
じんわり熱いのをアレックスは誤魔化せない。
アメリアは何も知らず、
満面の笑顔で言う。
「また明日も頑張ろうね、アレク!」
「……ああ。」
扉が閉まる直前、
アメリアの香りがふわりと残った。
アレックスはその場で静かに息をつく。
(……“大好き”って……
そんな軽く言うなよ……
心臓が追いつかない……)
だけどその心臓は、
確かに嬉しそうに鳴っていた。




