湖へ落ちた瞬間と、慌てる風
実技が終盤に差しかかった頃だった。
湖畔は朝よりも光が強く、
水面がきらきらと眩しく揺れている。
アメリアは魔力の流れを確かめながら、
少しだけ岸の近くへ歩み出た。
「ここ……流れがはっきり分かる……!」
夢中になって、
石の上へ足を伸ばした――その瞬間。
ぐらっ。
「えっ──」
踏んだ石が想像以上に滑りやすかった。
そのまま足を取られ、身体が前のめりになる。
(……落ちる──!!)
叫ぶ暇もなかった。
バシャァンッ!
冷たい水が一気に全身を包む。
湖の中は驚くほど静かで、
耳の奥に水の音だけが響いた。
だけど。
次の瞬間、
水面が大きく裂ける音がした。
「アメリア!!」
アレックスが迷いなく飛び込んだ。
水しぶきが高く上がる。
湖面が光を弾き、銀髪が揺れた。
アメリアの手首をしっかり掴み、
ぐっと引き寄せる。
「っ……アレク──!」
アレックスは力強く岸へ向かい、
そのままアメリアを抱えるようにして水面から引き上げた。
二人とも濡れたローブを重たく引きずりながら
岸へよろめき出る。
アメリアは必死に息を吸いながらつぶやく。
「ご、ごめん……ちょっと……足、滑っちゃって……」
アレックスは返事をしない。
ただ、アメリアを守るように抱いた腕だけが
ぎゅっと強くなった。
そして、アメリアは気づいていない。
濡れた制服が、身体の曲線に沿って張り付き
陽の光を受けて思いっ切り透けてしまっていることに。
アレックスの顔が一気に赤く染まった。
「……っ、アメリア……!」
「え?アレク、どうしたの?」
アメリアは自分の状態をまるで理解していない。
いつも通りの笑顔で見上げてくる。
その笑顔が、
まっすぐ心臓を撃ち抜いてくる。
(やばい……透けて見え……いやダメ……!!
アメリアは気づいてない…!これ……守らないと……!)
アレックスはアメリアの肩を抱き寄せ、
自分のローブで素早く覆った。
「ちょ、ちょっとアレク!?暗いよ!?」
「うるさい……っ…いいから静かに……!」
耳まで赤い。
顔どころか首まで熱くなっている。
(制服…透け…濡れたままだと……やばい……
誰かに見られたら……絶対イヤだ……!)
アレックスは震える指で魔力を練る。
「……アメリア、動かないで。」
風が生まれた。
優しい風ではなく、
焦りに滲む“必死の風魔法”。
文字通り必死である。
(…やばい…やばい…やばい…
はやく……はやく乾け……!)
アメリアの全身を包むように吹き抜け、
濡れた布を一気に乾かしていく。
ローブの下で水が蒸気に変わり、
ふわっと温かい風が通る。
アメリアはぱちぱち瞬きした。
「わぁ……あったかい……
気持ちいい…
アレク、すごい……!」
「……っ……だ、黙ってて……いいから……!」
アレックスは最後までローブを離さず、
アメリアの姿が完全に乾くまで覆い続けた。
風が止んだころ、
アメリアは元の制服に戻っていた。
「ありがと、アレク!
助けてくれて……
本当にありがとう!」
アメリアの光り輝く笑顔が眩しい。
アレックスは少しだけ顔をそらし、
低く答えた。
「……当たり前だ。
アメリアが落ちたら…俺が…絶対、助ける。」
胸の奥に、
ふたりだけの熱がそっと残っていた。




