ただいまを受け止める声
アレックスが来て四日目。
屋敷の朝は静かに始まる。廊下には朝の光が差し込み、木の床が淡く光っていた。
アメリアは朝食を終えると、アレックスが自室にいるか確認しに行った。
扉を軽く叩く。
「アレックス、いる?」
扉の向こうで小さな返事がする。
「……うん。」
アメリアが入ると、アレックスは椅子に座ったまま、ぎこちなく姿勢を正した。
まだ“客人としての遠慮”が残っているようだった。
アメリアは小さく笑う。
「ねぇ、今日は“屋敷探検”しない?」
アレックスは少し迷うように視線を落としたあと、
「……行く」と答えた。
廊下を歩きながら、アメリアは一つずつ部屋の説明をする。
厨房から漂うバターの香り、侍女たちの朝の挨拶、外の鳥の声。
アレックスは小さな歩幅でついてきて、ときどき周囲をきょろきょろ見回した。
「ここはパパの書斎。絶対入っちゃだめなんだよ。」
「……なんで?」
「えっと……散らかってて危ないから!」
(ほんとは“危険な資料”がいっぱいあるんだけど、言えない……)
アレックスは不思議そうに頷いた。
屋敷の裏手に出ると、広い中庭に朝日が降りそそいでいた。
噴水の水がきらきら光り、その音が心地よく響く。
アレックスがぽつりとつぶやく。
「……静かだね、ここ。」
「うん。私も好き。」
二人でしばらく噴水を眺めていると、侍女のひとりが姿を見せた。
「アメリア様、アレックス様。
あちらの部屋、お掃除が終わっておりますよ。」
アレックスは一瞬びくりと肩を揺らしたが、
侍女がにこやかに頭を下げると、少しだけ安心したようだった。
アメリアは侍女に手を振って答える。
「ありがとう!」
侍女が去ったあと、アレックスがぽつりとつぶやいた。
「……“様”って、呼ばれるんだね。」
「うん、家が公爵家だからね。でもね」
アメリアはアレックスのほうへ向き直った。
「私は“アメリア”って呼んでほしい。
家族は“様”なんて呼ばなくていいの。」
アレックスは小さく目を見開いた。
「……“家族”……?」
「うん。アレックスは、もううちの子だよ。」
その一言が、ふっと空気をやわらかく変えた。
アレックスはほんのわずかに目を伏せて、
小さく息を吸った後、呟くように言った。
「……ただいま、って……言ってもいい?」
「もちろん!!」
アメリアが嬉しそうに笑うと、
アレックスの頬もほんの少しだけ緩んだ。
その瞬間、噴水の水しぶきが陽光を受け、
細かな虹がふわりと浮かび上がった。
まるで“新しい家族”を祝福するように。




