なくしたしおりと、戻る機嫌
湖へ向かう道は、
朝の光が差し込み、並木がさらさらと揺れていた。
新入生たちはグループごとに列を作り、
賑やかに歩いている。
アメリアたちも四人で並んで進んでいた。
その時──
後ろから控えめな声が飛んできた。
「あ、アルバローザさん!」
振り返ると、
昨日アメリアに質問してきた男子生徒だった。
緊張しているのか、背筋が妙に伸びている。
「えっと……昨日は、ありがとう。」
「ううん!大したことしてないよ?」
アメリアが笑うと、
男子は一瞬で顔を赤くした。
だが手の中の小さなものを差し出す。
「これ……落ちてたから……
あ、あの、その……たぶん君のだと思って……!」
アメリアは目を見開いた。
「あっ……これ……!」
それは、
押し花になった 白薔薇の蕾 が挟まれた
細い栞だった。
アメリアの胸が一気に華やぐ。
まるで宝物を取り戻したように笑顔になった。
「ありがとう!
これ、大切な栞だったの!
探してたんだよ──!」
男子は完全に固まった。
「あ、あああ……そ、そう……なんだ……
じゃ、じゃあ……その……!」
挙動不審なまま、
緊張で倒れそうな勢いで去っていった。
アメリアはほっとした声でつぶやいた。
「よかった……これ、アレクにもらった白薔薇の蕾を押し花にして作った栞だから……
なくしたと思って、ずっと探してたんだよね……!」
隣にいたアレックスは、
その言葉の前までは完全に“嵐の前”の顔だった。
眉がわずかに寄り、
口元が硬い。
(……なんでアイツがアメリアに話しかけるんだ。
なんでアメリアはあんなに笑うんだ。
なんで……)
だが。
アメリアが栞を胸に抱きながら振り返った瞬間、
アレックスの表情が一変した。
「アレクにもらった白薔薇の蕾だよ?
すごく嬉しくて、ずっと使ってたの。
なくしたと思って悲しかったから……
戻ってきてよかった……!」
アメリアの瞳がきらきら輝いている。
その笑顔は、
誰に向けたものでもなく──
完全にアレックスへ向いている。
アレックスは息が止まった。
(……俺があげた……
アメリアは……俺の……栞に……
そんなに……大事に……)
さっきまでの不機嫌は
綺麗に跡形もなく消え去った。
代わりに胸の奥が
ぽっと温かい光で満たされる。
「……アメリア。」
声が少しだけやわらかくなる。
「そんなに大切にしてくれてたんだ。」
アメリアは当たり前のように頷く。
「当たり前だよ!
推しからもらった花なんだもん!」
アレックスの耳が
一瞬で赤く染まった。
「……そ、そう。」
(推し……
アメリアの“推し”は……
……俺……)
アレックスの歩幅が
いつもより少し軽くなる。
ノエラは数歩後ろを歩きながら、
ため息を飲み込んだ。
(……さっきまで不機嫌オーラ全開だったのに……
単純……いや、可愛い……
いや、隊長……仕事中です……)
アメリアは栞を大事そうにしまい、
アレックスに微笑む。
「アレク、ありがとうね。
私、ずっと大切にするから!」
アレックスは、
その一言だけで
すべてが報われたような顔をした。
湖畔へ向かう道は、
相変わらず明るく賑やかだったが──
アメリアとアレックスだけは
静かに気持ちを通わせながら歩いていた。




