思わぬ衝突と、ふたりの距離
放課後の廊下は、
一日の疲れと賑やかな笑い声が混ざり合い、
どこかゆったりとした空気が流れていた。
アメリアとアレックスは、
並んで寮へ向かって歩いていた。
「ねぇアレク、明日の授業って──」
その時だった。
前方で数人の男子が、
ふざけ合いながら軽く肩を組んだり押し合ったりしているのが見えた。
楽しげな声が響いている。
(あ、ちょっと危な──)
と思った瞬間、
そのうちの一人が勢いよく後ろへ下がってきた。
アメリアのすぐ目の前だ。
「わ──」
ぶつかる。
次の瞬間。
アレックスの腕が
迷いなくアメリアを抱き寄せた。
ぎゅ、と強く。
床がほんの少し揺れた気がした。
アメリアの視界がふわりと変わり、
目の前にアレックスの胸があった。
衝突は完全に避けられていた。
「……大丈夫?」
アレックスの声は低いが、
息が少しだけ上がっている。
アメリアは、抱きとめられた姿勢のまま
瞬きした。
(アレク……こんな近さ、久しぶり……)
その瞬間──
アレックスから、
落ち着いた黒薔薇の香りがふわっと漂った。
華やかでも、甘すぎるわけでもない。
深い香り。
それはいつもアレックスが纏っている香りだったのに──
こうして密着すると、
全く別ものに感じられた。
(……あっ……
アレクって……こんな香りだったんだ……
なんか……どき……どきする……)
胸の奥がくすぐったくなる。
アレックスは腕をゆっくりほどき、
アメリアを支えたまま距離をとった。
「……危なかった。」
表情はいつも通りなのに、
目だけが少し鋭く光っている。
男子たちは気まずそうに頭を下げた。
「ご、ごめん!巻き込むつもりなかったんだ!」
アメリアは笑って答えた。
「ううん、大丈夫だよ。
アレクが助けてくれたから!」
アレックスはアメリアの言葉に
ほんのわずかに眉を動かした。
その後の帰り道。
アメリアはずっと胸が落ち着かなかった。
(アレクの香り……なんか……
変じゃないけど……
意識しちゃう……)
アレックスは何も言わず、
ただ隣を歩いていたが──
(アメリア……震えてた……
怖かったのか……
でも俺が隣にいて、よかった)
彼の歩調は
いつもより少しだけゆっくりだった。




