推しの不機嫌は世界の終わり級問題
アレックスが「怒ってない」と言ったあとも、
アメリアの心には
小さなモヤが残っていた。
(アレク……絶対、ちょっとだけ不機嫌だったよね……?)
授業の間中、
アメリアはノートを書きながら、
横目でアレックスを見てしまう。
彼は真剣な顔で魔力式を写している。
銀髪は光を集めるように綺麗に揺れ、
横顔はすっと整っている。
(……やっぱり、きれいな顔だなぁ……
こんな美少年が弟なんて、贅沢すぎるよね……)
でも。
そんな推しが不機嫌なのが何より辛い。
(だって……アレクが不機嫌だと……
胸がぎゅっとするんだもん……)
休み時間になると、
アメリアは意を決して声をかけた。
「アレク……さっきの、ほんとに怒ってない?」
アレックスは一瞬だけ目をそらしてから、
小さく首を振った。
「怒ってない。
……アメリアが謝ることじゃない。」
優しい声だった。
ただの一言なのに、
アメリアの胸はふわっと軽くなる。
(あぁ……よかった……!
アレクが優しい声で答えてくれた……!)
安堵の息が自然にもれる。
思わず、アメリアは笑顔になってしまった。
「そっか……よかった……!
アレクが機嫌直って、嬉しい……
大好きだよ!」
アレックスの手がぴたりと止まる。
(……っ)
銀のまつげがわずかに震え、
彼はゆっくりアメリアのほうを向いた。
「……アメリア。」
その声は、
どこか掠れていた。
アメリアは首をかしげる。
「ん?どうかした?」
「……なんでも、ない。」
アレックスは目をそらした。
でも耳は赤い。
(アレク、照れてる……?
かわいい……!)
アメリアは心の中で小さく歓声をあげた。
その少し離れた廊下の角で、
気配を限りなく薄めたノエラが
ひそっとつぶやいた。
(……隊長……“大好きだよ”で即落ちするの、
まだ早いですよ……)
アレックスの胸の奥では、
小さな炎が静かに灯っていった。
(アメリアに……
大好きって言われる度に身体が熱くなる……)
アメリアはただ笑っている。
推しへ向けた純粋な愛情のままに。
アレックスはその笑顔を
目を反らしながらも
しっかりと受け止めていた。




