小さな声と、小さな不機嫌
翌日の休み時間。
教室は昼の光に満ちていて、
机の上に影が四角く落ちていた。
アメリアは魔法書を抱え、
席へ戻ろうとした時だった。
「ねぇ、アルバローザさん。」
ふいに声をかけられた。
振り返ると、
昨日の魔力操作の授業で同じ班だった男子が
少し緊張した笑顔で立っていた。
「えっと……昨日の、魔力糸の練習。
その……すごく上手だったから……
参考に、少しだけ話を聞きたくて……」
アメリアはぱっと明るい笑顔になった。
「そうなんだ!ありがとう。
私でよければ、説明できるところまでなら──」
男子の表情が緩む。
ほんの短い会話。
それだけの出来事。
……だが。
アレックスは
隣の席からその光景を見ていた。
机に広げていたノートに
影がすっと走る。
ページをめくる手が止まった。
(……何、話してるんだ)
大した内容ではない。
どちらにも悪気はない。
それでも──
胸のあたりが、やや重くなった。
アメリアが笑顔で話す。
男子も、安心したように笑う。
(……アメリアの笑顔、
あんなふうに向けなくていい。
そんな奴に。)
アレックスは気づかないふりをしたまま、
だがノートの字はすっかり止まっていた。
アメリアは男子の質問に答えると、
「がんばってね」と柔らかい声で励まし、
席へ戻ってきた。
「アレク、待たせちゃった?ごめんね!」
アレックスは顔を上げ、
短く首を振った。
「……別に。」
声の温度は変わらない。
表情もいつもどおり。
だけどアメリアは気づく。
ほんの少しだけ、
アレックスの機嫌が沈んでいることに。
「アレク……怒ってる?」
「怒ってない。」
即答。
それが逆にわかりやすい。
アメリアは不思議そうに首をかしげた。
アレックスは目をそらす。
その瞬間、
教室の窓から風が入り、
アメリアの黒髪をそっと揺らした。
白薔薇の香りが
ふわり。
アレックスは、
胸のざわりが少し溶けていくのを感じた。
(……アメリアが戻ってきたなら、それでいい。)
それでも隣に座るその姿が、
少しだけ愛おしく、
少しだけ切なかった。




