静かな廊下で、影が動く
授業が終わり、
学園の廊下には夕方の光が差し込んでいた。
石畳は淡い金色に染まり、
魔力灯の影が長く伸びている。
アメリアは教室を出て、
寮に戻る前に購買へ寄ろうと角を曲がった。
静かな廊下に、
ふと誰かの声が聞こえた。
「……アルバローザの子、ほんとに来たんだな。」
「病弱って噂だったけど……ぜんぜんそう見えねぇ。」
アメリアは立ち止まった。
角の向こうに、数人の男子生徒が集まっている。
(あれ……名前、覚えられてる……)
特に悪意は感じない。
ただ、興味本位でひそひそ話しているだけ──
それでも、アメリアの胸には
少しだけ緊張が走った。
その時。
廊下の空気が、
わずかに変わった。
足音も、気配も、
どこからともなく消えていくような──
静かで、研ぎ澄まされた気配。
アレックスが姿を見せた。
彼はアメリアに気づくより先に、
ひそひそ声の方向を一度だけ鋭く見た。
その視線は冷静で、
熱も怒りも表には出ていないのに、
男子生徒たちは一瞬で口をつぐんだ。
「……行こ。」
アレックスの声は低く静かで、
アメリアは自然と頷いた。
彼と並んで歩くと、
先ほどまでの緊張がふっとほどける。
「アレク、さっき……」
「気にしなくていい。
ただの噂だ。」
アレックスは淡々と言った。
でもその瞳は、
ほんの少しだけ鋭かった。
アメリアを見ているようで、
その背後に潜む“何か”を見ているようでもあった。
(……アレク、今日少し様子が違うような)
アメリアが考え込んだ瞬間、
廊下の端で、ノエラがそっと気配を消した。
(男子たちの場所取り……要監視、と。
……アレックス様、本気で睨んでましたねぇ……)
彼女は苦笑しながら、
影に溶けて消えた。
夕暮れの廊下に残ったのは、
アメリアとアレックスの二つの影だけ。
そしてアレックスの胸には、
自分でもまだ名前のつかない“ざわめき”が
確かに積もり始めていた。




