図書室の静けさに、ふたりの呼吸だけが溶けていく
寮の図書室は、
外の喧騒が嘘のように静かだった。
高い天井まで積まれた本棚。
淡い魔力灯の光がゆらめき、
紙の匂いとインクの香りがほのかに漂っている。
アメリアは小さな机に腰かけ、
分厚い魔法史の本をゆっくり開いた。
(わぁ……こんな資料、見たことない……
すごいなぁ、魔術学園って……)
ページをめくるたび、
アメリアの黒髪がさらりと揺れる。
光に触れるたび、
髪がほんのり青みを帯びて見えた。
アレックスはすぐ隣の席に座り、
本を開いてはいるものの──
読んでいるのは数行だけだった。
視線は自然とアメリアへ流れる。
(アメリアは……
本を読む時の顔もきれいだな……)
その横顔は真剣で、
ページの文字を追うたびに
小さく眉が寄ったり、
ふっと微笑んだり。
そのささやかな変化さえ
アレックスには胸の奥をくすぐる。
そして──
ふとした瞬間。
アメリアの髪から、
ほんのり白薔薇の甘い香りがふわりと漂った。
アレックスの呼吸が
ほんの少しだけ止まる。
(……アメリアの香り)
アレックスは本に視線を落とすふりをしながら、
ほんの少しだけ深く息をした。
そっと胸に吸い込む。
心があたたかくなるような、
“好きだ”と気づかされる優しい鼓動だった。
「アレク、これ見て!
昔の王国の魔術体系だって。
今と全然違うんだよ!」
ぱっと横を向いて笑う。
アレックスは一瞬、
言葉をつまらせた。
(…うっ…近い……
香りが……また……)
「……すごいね、アメリア。」
ようやく絞り出した声に、
アメリアは満足げに頷いて
また本に戻る。
図書室には
魔力灯の揺れる小さな音と、
ページをめくる音だけが響いた。
アレックスは再び静かに息を吸い、
隣に座るアメリアの気配を感じながら
ゆっくりと本を閉じた。
(今は……これでいい。
隣にいられるだけで……)
その想いは
まだ言葉にはしない。
ただ、静かな図書室で
ふたりきりの時間が流れていった。




