影の少女は、ふたりの距離に首をかしげる
ノエラ視点
ノエラは、教室の後方の柱の影で
気配を限界まで薄くしていた。
任務はただひとつ。
アメリアの安全確認。
それだけのはずなのに──
(……距離、近くないですか?)
隣同士で座るアメリアとアレックスを見つめながら、
ノエラはぽそりと心の中でつぶやいた。
授業が始まってからずっと、
ふたりは自然に寄り添っていた。
アメリアは光パネルに夢中になり、
時々アレックスの袖をつまんで
「ねぇ、これすごくない?」と
嬉しそうに話しかける。
アレックスはその度に小さく返事をし、
その横顔はわずかに赤くなっている。
(近い……近すぎる……
いや、仲が良いのは知ってますけど……
それにしても近い……)
ノエラは影からそっと視線を移した。
男子生徒たちがアメリアをちらちら見ている。
その視線に、
アレックスが気づかないわけがない。
案の定──
アレックスの瞳がひた、と鋭くそちらを向いた。
無言のまま、
声も発さず、
ただ冷たい視線だけで牽制する。
男子は一瞬で目をそらした。
(……こわ……)
ノエラは心の中で肩をすくめた。
アレックスはまだ十五にもなっていない。
それなのに、影部隊の新人でも
あそこまで鋭い目はなかなかできない。
(……やっぱり、素質がある。
あの視線、訓練したわけでもないのに……
アメリア様が誰かに取られると思ってるんでしょうか)
アメリアはそんな空気を一切知らず、
魔力糸がきれいに出せたのが嬉しくて
アレックスににこにこ笑いかけている。
「アレク、すごかったね!」
「……アメリアのほうが。」
また少し照れた声。
ノエラは頬を緩ませた。
(任務中にこんなこと思っちゃダメだけど……
なんか……可愛いな、この二人)
授業が終わると、
アメリアは机の中身をまとめながら小声で言った。
「アレク、帰りに寮の図書室行かない?
魔法書いっぱいあるみたいだよ!」
「……うん。行く。」
アレックスは即答だった。
(本当は“アメリアが行くならどこでも行く”なんだろうけど……
言わないのがアレックス様らしいですね)
ノエラはそっと廊下の影へと下がりながら、
静かに息を吐いた。
(報告するべきは……
“アメリア様は順調に馴染んでいる”
“アレックス様は……まあ元気です”でいいかな)
でも心の中では、
ほんの少しだけ思っていた。
(この調子でいくと……
アレックス様、
いつか誰かに嫉妬で何かしませんよね……?)
影としての懸念なのか、
単なる先輩としての心配なのか、
ノエラ自身にもよく分からなかった。
ただ一つだけはっきりしていた。
(……今のところ、微笑ましい、ですけどね)
彼女は静かに影へと溶け、
ふたりの後ろ姿を見守り続けた。




