寮の扉が開く午後、ふたりの距離は静かに近づく
選別の塔を終えたころには、
太陽はゆっくり傾きはじめ、
魔術学園の中庭に柔らかな光が流れていた。
風の粒子が小さくきらめき、
寮へ続く並木道は、
どこか外国の童話のような雰囲気をまとっている。
アメリアは、その景色に思わず息をのんだ。
(わぁ……これが学生寮……!
なんだか……お城みたい……)
寮は古い石造りで、
蔦の緑が壁をつたって揺れていた。
窓からは魔力灯の光が漏れ、
部屋ごとに色の違う光がふんわり浮かんでいる。
アレックスはアメリアの隣で、
ローブの裾を指でそっと押さえながら歩いていた。
「……広いな。」
「ね、すごいよね!
アレク、あの窓見て!魔力灯の色が違うの……
ほら、ピンクとか水色とか……可愛い……!」
アメリアはわくわくしながら
またアレックスに“近い距離”で囁いた。
その瞬間、アレックスの肩がピクリと動く。
(また耳元……。
アメリアって……無自覚で近い……)
ローブがふわりと触れ合う。
アレックスは視線をそらしながらつぶやいた。
「……あの部屋は女子寮だよ。近づくと警報鳴る。」
「あっ……そ、そうなんだ!?
テンション上がって近づくところだった……!」
アメリアが慌てて距離をとると、
アレックスは静かに息を吐いた。
その仕草が、どこか安心したようにも見える。
寮の入口では、
寮監の魔術官が名簿を確認していた。
「アメリア=アルバローザ嬢、
部屋は二階の南廊、203号室です。」
アメリアは丁寧に頭を下げた。
その横で、寮監はアレックスの名前を読み上げる。
「アレックス坊やは……
同じく南廊、201号室。」
アメリアの顔がぱっと明るくなる。
「えっ、アレク、近いね!?」
「……うん。」
アレックスは普段どおりの顔だったが、
その目の奥に小さな明るさが灯っていた。
廊下を歩いていくと、
石造りの寮は静かで、
古い木の床が心地よく軋む。
アメリアは窓の外をのぞきながら
わくわくした声でつぶやいた。
「……ここで過ごすんだね、六年間も。
なんだか夢みたい……!」
「……夢じゃないよ。」
アレックスは小さく言った。
「ずっと一緒にいるって……
なんか、いい。」
アメリアは一瞬戸惑い、
でもすぐに笑顔になった。
「うん!私もそう思うよ!」
その会話を、
廊下のすみで気配を消しながら歩くノエラが
ひそかに聞き取っていた。
(……入学早々、仲良すぎでは……?
いや、まぁ……可愛いけど……)
ノエラは小さく首を傾げたまま、
そっと影に溶けるように去っていった。
寮の前に並ぶ二つの扉──
201号室と203号室。
ほんの数歩という距離が、
ふたりの新しい生活の象徴のようだった。
アメリアは鍵を受け取り、
扉に手を添えた。
(ここから始まるんだ……!
魔術学園での毎日。)
アレックスも同じように、
自室の前で立ち止まっていた。
風が、廊下をやさしく吹き抜ける。
ふたりのローブが触れ合い、
小さな音を立てた。
アメリアがふと振り返った。
「アレク、明日、一緒に朝ごはん行こうね!」
アレックスは短く、
しかし確かに嬉しそうに笑った。
「……うん。絶対行く。」
ほんの短い会話なのに、
その一言だけで、廊下が
少しだけ暖かくなった気がした。




