選別の塔に映る光と影
塔の内部は、外観よりもずっと広く感じられた。
高い天井には、静かな魔力の波が淡く揺れ、
壁に浮かぶ水晶灯が青白く灯っている。
足を踏み入れただけで、
空気がひんやり引き締まる。
アメリアは思わず息をのんだ。
どこか聖堂のような、美しい光の広がりだった。
中央には、魔力測定用の円環。
淡い光の輪が床に描かれ、
新入生は順番にその中心へと進む。
名前が呼ばれた。
「アメリア=アルバローザ」
塔の空気がわずかにざわめく。
名門家の娘というだけで視線が集まるのは当然だが、
見つめられている理由はそれだけではなかった。
ローブの裾が揺れ、
黒髪が光を例えるなら“深夜の水面”のように艶やかで、
朱い瞳は水晶灯の光を反射して
宝石のように紅く煌めいていた。
アメリアが円環に立つと、
魔術官が静かに杖を掲げた。
「力を抑えず、自然のままに。
……はい、始めます。」
光輪がゆっくりと脈を打つ。
次の瞬間──
塔の空気が、美しく震えた。
闇の魔力が静かに形を取り、
影のような黒が足元からゆらりと立ち上る。
それは不気味ではなく、
どこか高貴で、静謐で、吸い込まれるほど深い。
同時に、水の魔力が澄んだ音を響かせ、
アメリアの周囲に“薄氷”の欠片が浮かび上がった。
光を受けた氷片は、淡い虹色を散らす。
闇と水。
相反しそうで、互いを引き立てる魔力。
ゆっくり旋回する氷の粒子が、
アメリアの黒髪にふわりと触れるたび、
冷たい光が星のように弾けて煌めいた。
塔が静まり返る。
誰もが息を止めて見つめた。
同級生の男児が、
思わず頬を染めてしまうほどに──
アメリアは華やかで、美しく、圧倒的だった。
魔術官も低くつぶやいた。
「……見事だ。
闇と水。どちらも精度が高い。
この年齢でこの安定度は……」
アメリアは小さく頭を下げ、円環を離れた。
その時。
アレックスが自然に一歩前へ進んだ。
「アレックス=アルバローザ(※養子)」
という名が読み上げられる。
円環に立つと、
塔の空気がまた別の色に変わった。
アレックスが呼吸を整えた瞬間──
風が生まれた。
静かなはずの塔の内部で、
彼の足元からそっと風が立ち上がる。
ローブがふわりと揺れ、
銀髪が風に溶けるようにさらりと舞う。
そして──土の魔力が応じた。
床の魔術紋が低く唸り、
淡い茶色の光が重層的に立ち上がる。
風の軽さと、土の落ち着き。
相反する力が自然に共鳴し、
アレックスの周囲に“揺るぎない調和”を作り上げていた。
アメリアは思わず見惚れた。
風がアレックスのローブを優しくはためかせ、
そのたびに銀髪が光を弾いて、
まるで薄い星屑を振りまいているように見えた。
魔術官は目を細める。
「……なるほど。
これほど綺麗に風が立つとは。
土との相性も強い。今後が楽しみです。」
測定が終わると、
アレックスはアメリアのほうをちらりと見た。
いつもの無表情に近いが、
ほんのわずかに口元がゆるむ。
アメリアも笑う。
塔の光と影が、
ふたりを静かに照らしていた。




