星明かりの前夜
アレックス視点
夜の空気は透き通っていて、
静かな星明かりがアルバローザ邸の中庭を照らしていた。
アレックスは自室の窓辺に膝を抱え、
星を見上げていた。
明日はアメリアと一緒に魔術学園へ行く日。
胸の奥が温かくなる──
……けれど、その奥底には、
いつまでも消えない影が潜んでいる。
*
アレックスの父──
アルバローザ公爵の親友であり、
影部隊の中でも腕が立つ男だった。
父は任務中、
公爵の身代わりとなって倒れた。
幼いアレックスはその事実を
「父はお星様になった」と教えられた。
でも、周囲が必死に隠そうとした“緊張と悲しみ”は
幼い心でもはっきりと感じ取っていた。
だが、それ以上に衝撃だったのは母だった。
アレックスの母は、
夫を激しく、深く、息が詰まるほど愛していた人だ。
愛というより、執着に近いほどに。
夫がいなければ笑わず、
夫がいれば何より幸せそうだった。
その夫が帰らなくなった日──
母の世界は音を失った。
最初は、ただぼんやりと座っているだけだった。
次第に食事もとらなくなり、
声も出さなくなり、
目の光が薄れていった。
アレックスは小さな手で母の腕を揺らした。
「……母様?」
母はアレックスを見た。
その瞳は美しくて、けれど壊れかけていて、
涙で濡れていた。
薄い声で、ふるえるように言った。
「……ごめんね、アレックス……
ごめんね…こんな母様をゆるして…
母様は……もう……光を探せないの……」
その言葉の意味は幼いアレックスには理解できなかった。
コロンと転がり落ちた小瓶…
こぼれ落ちていく涙。
母の身体がアレックスの目の前で力を失い、
僕の頬に手を伸ばし優しく無でてくれる
呼吸が浅くなっていく母…
触れていた母様の手が力無く落ち……
「……母様……?」
ゆっくり、ゆっくり、
体温が消えていく。
その感覚だけが、鮮明に残った。
叫ぶこともできなかった。
ただ息が詰まり、
胸が痛くて苦しくて、
世界から音が消えた。
*
父と母は、
どちらも公爵と深く関わっていた。
だから──
アレックスは思った。
(……ぜんぶ嫌いだ……
公爵家なんて、いらない……)
カイン公爵が優しく抱きしめてくれても、
その腕の中でアレックスは固く冷たくなったまま、
目を閉じた。
アメリアが近づいてきても、
手を振りほどいたこともある。
(父様と母様を奪った家なんて……)
そんな小さな恨みを、
幼い胸にぎゅっと握りしめていた。
*
……でも。
アメリアは僕の元へきてくれた。
振りほどかれても、
意地悪を言われても、
アレックスが部屋に閉じこもっても──
毎日、ドアの向こうで声をかけ続けた。
「アレックス、今日も遊ぼうよ」
「外は風が気持ちいいよ」
「一緒におやつ食べよ?」
「隣にいてもいい?」
ただ優しく。
ただ迷いなく。
アレックスの中に空いた「ぽっかりした穴」を、
少しずつ満たしていくように。
アメリアの声が、
どんな薬よりも失った光を取り戻していった。
(……アメリア……)
アメリアの手は小さくて、
でも不思議と温かかった。
あの時、
初めてアレックスは思った。
(……この家は……アメリアがいるから、嫌いじゃない。)
それが“最初の救い”だった。
*
窓の外には星が瞬いている。
アレックスは胸に手を当て、
ゆっくり息を吸った。
(父様も母様も……
大切な人を失って壊れたんだ。)
だからこそ──
アレックスは心に決めている。
(僕は……“光”を失わない。
アメリアのいない世界なんて……いらない。)
アレックスはそっと微笑んだ。
「……アメリア。」
星が瞬き、温かい光が
アレックスの胸の中に静かに灯った。




