入学前夜、灯る小さな不安
魔術学園の入学式を明日に控えた夜。
アルバローザ公爵邸は、珍しく静かだった。
侍女たちも早めに片づけを終え、廊下の明かりだけが
ほのかな金色の影を作っている。
アメリアは自室で荷物の最終確認をしていた。
制服、ローブ、杖、そして手首の時計型魔道具。
机の上に整然と並ぶそれらを見て、
胸がじんわり温かくなる。
(明日から学園かぁ……大きな建物だし、
知らない子もいっぱい来るんだよね。)
ちょっとだけ緊張が走る。
その時、
とん、と控えめなノックの音がした。
「アメリア……入ってもいい?」
アレックスの声だ。
「うん、いいよ!」
扉がそっと開き、
アレックスが顔を覗かせる。
手には、丁寧に磨かれた杖が握られていた。
「……準備、終わった?」
「だいたいね。アレックスも?」
「うん。全部そろえた。」
アレックスはアメリアの机を見て、
小さく息をついた。
「……ほんとに、明日なんだね。」
「うん。ちょっとわくわくするよね!」
アレックスは“わくわく”とは違う
複雑な表情で俯いた。
アメリアはそんな表情を初めて見た気がして、
そっと隣に座る。
「アレックス、不安なの?」
アレックスは黙って頷いた。
「……学園って……広い。
人も……多い。
アメリア、たくさん声かけられたり……するでしょ。」
「そんなことないよ〜!」
アメリアは笑おうとしたが、
アレックスは首を横に振った。
「いや……そうなる。
アメリア、優しいし。
可愛いし……話しかけられる。」
アメリアは「可愛い」のところで
思わずむずむずした。
(アレックスって、たまに真っ直ぐだな……)
でも、すぐに気持ちを切り替える。
「でもね、アレックス。
私、アレックスと一緒が一番安心するよ?」
アレックスははっとして顔を上げた。
「……ほんと?」
「ほんとだよ。
アレックスがいてくれたら、平気!」
アレックスは杖を握りしめた。
「……じゃあ……
明日、学園に着いたら……
アメリアが困ったらすぐ助ける。」
「うん、頼りにしてる!」
アレックスは
まだ消えきらない不安を抱えながらも、
ゆっくりと口を開いた。
「……アメリア。
約束して。」
「約束?」
アレックスは真剣だが、
子どもらしい一生懸命さがそのまま滲んでいた。
「離れないで。
急にどっか行ったり……見えなくなったり……
そういうの……やだ。」
アメリアは即座に頷いた。
「わかった!
一緒に行動しよ。
寮に行く時も、教室も、校門も!」
アレックスの表情がやっとほぐれる。
「……うん。」
ふたりで机に向かい、
明日の持ち物をもう一度並べた。
ローブの縁の緑色が、
夜の灯りに照らされて淡く光る。
アメリアはそっと言う。
「アレックスと一緒なら、大丈夫。」
アレックスはほんの一瞬、
その言葉を噛みしめるように目を細めた。
「……僕も。」
“学園前夜”。
期待と不安の入り混じる空気の中で、
廊下の灯が静かに揺れ、外では夜風が葉を揺らしていた。




