ノエラという小さな影
魔術学園の入学手続きを終えた翌日。
アメリアは応接室でカインとマリアに呼び止められていた。
「アメリア、ちょっと話があるわ。」
マリアが微笑む。
アメリアは首を傾げた。
「なあに?また学園の準備?」
「ええ、そうなんだけど……少し特別な話なの。」
カインが静かに頷くと、
部屋の扉横の影がふっと揺れた。
アメリアは気づかない。
けれどアレックスは一瞬だけ
“空気の密度”が変わるのを感じ、視線を向けた。
そこから滑るように現れたのは──
黒髪をゆるくまとめた、小柄な少女。
「影部隊新人、ノエラ。
アルバローザ公爵家の御前に参上いたしました。」
アメリアはぱちぱちと目を瞬く。
「わぁ……!女の子なんだ!」
ノエラは目を丸くし、意外そうに微笑んだ。
「はい。……あの、アメリア様。
お会いできて……光栄でございます。」
声は控えめだが、はっきりしていて、礼儀正しい。
カインが説明を加える。
「ノエラは影部隊の中でも“気配を消す技術”が突出している。
学園では、お前のクラスメイトとして潜入する。」
アメリアの目がさらに大きくなる。
「えっ!?同じクラス!?」
ノエラは一歩前に進み、丁寧に頭を下げた。
「はい。アメリア様に危険が及ぶ前に察知し、
さりげなく回避させるのが任務です。」
アメリアはぱっと笑う。
「なんかすごいね!頼もしい!」
ノエラは頬を少し赤くした。
「……もったいないお言葉です。」
そのとき、アレックスが小さな声で呟いた。
「……クラスメイトって……
アメリアの隣に……ずっと……?」
ノエラが「あっ」と気づいてぺこりと頭を下げる。
「アレックス様、よろしくお願いいたします。」
アレックスはじっとノエラを見つめた。
視線は冷静だが、どこか探るような色がある。
(……気配が薄い……普通の子じゃない……)
「……ノエラ。」
「はい。」
「アメリアに変なことしたら、だめ。」
「しません!」
ノエラは即答して、姿勢を正した。
マリアがくすりと笑う。
「まあまあ、アレックス。
ノエラちゃんはアメリアを守る側なのよ?」
アレックスはそっぽを向いた。
「……わかってるけど。」
アメリアはその反応に首をかしげながら、
ノエラのほうを向いた。
「学園で同じクラスって嬉しい!
よろしくね、ノエラ!」
ノエラは胸に手を当て、深く頷く。
「……はい。
アメリア様の“親しい友人”として自然に振る舞いますので……
どうか普段どおりに接してください。」
アメリアは笑顔で頷いた。
「もちろんだよ!友だちになってくれたら嬉しい!」
ノエラの瞳が柔らかく揺れた。
嬉しさが隠しきれていない。
(……かわいい。)
アメリアは素直にそう思う。
*
話が一段落すると、
カインはノエラに視線を向けた。
「ノエラ。
学園での潜入時の行動指針については既に伝えてあるな?」
「はい。
“目立たず、近づきすぎず、しかし離れない”。
肝に銘じております。」
「うむ。アメリアに不安を与えるな。
……そしてアレックスには余計な刺激を与えるな。」
アレックスはきょとんとした。
「……刺激?」
ノエラは一瞬だけ固まり、すぐに姿勢を正した。
「努力いたします……!」
(影としての能力は高いが、
アレックスの“存在そのもの”がちょっと怖いらしい。)
*
部屋を出ると、
ノエラはアメリアの後ろを半歩下がって歩く。
アメリアはくるりと振り返った。
「そんなに距離あけなくていいよ?」
ノエラは慌てて手を振った。
「い、いえ!あの……慣れておらず……
近くにいると、任務の距離感が……」
アメリアは笑う。
「ノエラはノエラのままでいいよ。
そんなに気張らなくて大丈夫。」
ノエラは一瞬固まり、
それから小さく頷いた。
「……はい。」
だが、その様子を
アレックスはじっと見ていた。
(……気配、消すの上手すぎる……
目を離すと見失う……
アメリアの近くに置くの……ちょっと……)
アメリアは気づかないけれど、
アレックスの胸の奥には
“得体の知れない警戒心”が芽を落としていた。




