ふたりで歩く帰り道
春の気配が屋敷にじんわりと広がる頃。
アメリアとアレックスは、庭の散歩が日課のようになっていた。
その日も午後の光が差し込み、
冬の名残りを残した土から、
新しい草が小さく顔を出していた。
アレックスは少し前を歩きながら、
振り返ってアメリアを見た。
「……今日、庭……あったかいね。」
「ほんとだね。春が近い感じがする。」
ふたりは並んで歩き、
庭の端にある木の根元へ腰を下ろした。
アレックスは膝を抱えて座り、
少し考え込むように空を見上げた。
「……アメリア。」
「なぁに?」
「僕……この家のこと……もう、怖くない。」
アメリアは目を瞬いて、そっと横を見る。
「よかった……本当に。」
アレックスは両手を握りしめ、
ゆっくりと言葉を続けた。
「最初は……どの部屋も全部知らないところで……
誰がいて、どんな声が聞こえるのか怖くて……
夜もあんまり眠れなかった。」
「……うん。」
アメリアは静かに聞く。
アレックスは少し頬を赤くして、
けれどしっかりした声で言った。
「でも……アメリアがいてくれたから……
安心できるようになったんだと思う。」
アメリアの胸がじんわりと温かくなる。
「アレックスが頑張ったんだよ。
私、ちょっと手伝っただけ。」
アレックスは首を振った。
「……ちょっとじゃない。
アメリアが声かけてくれると……胸があったかくなる。
だから……怖いの、なくなる。」
アメリアは照れくさく笑って言った。
「私もね、アレックスがそばにいると嬉しいよ。」
アレックスはゆっくり目を上げる。
その瞳は柔らかく、静かな光を宿していた。
「……ずっと、こうやって一緒にいたい。」
「うん、私も。」
アメリアはさりげなく、
アレックスの靴についた泥を指で払ってあげた。
アレックスが少し照れたように笑う。
*
その頃、少し離れた屋敷のバルコニーでは、
カインとマリアがそっと二人を見守っていた。
「アレックス君、本当に表情が変わったわね。」
「うむ。アメリアのおかげだ。」
カインは手すりにもたれながら目を細める。
「……あの子は、アレックスを大切にする。
互いに良い影響を与えている。」
「まるで……家族そのものね。」
「家族だ。」
カインの声音には迷いがなかった。
マリアも穏やかな笑みを浮かべる。
*
庭の木の根元で休んだふたりは、
やがて立ち上がって屋敷へ戻り始めた。
影になった廊下に入ると、
アレックスがふとアメリアの袖をつまんだ。
「……ねぇ、アメリア。」
「うん?」
「アメリアがどこか行ったら……呼んでもいい?」
「もちろん!」
アレックスは小さく頷く。
「……アメリアに呼ばれたら、すぐ行く。」
その言葉は子ども特有の素直さで、
アメリアはつい笑ってしまった。
「じゃあ、毎日いっぱい呼ぼうかな。」
「……うん。
そのほうが……いい。」
幼い声だけれど、
どこか安心が混じっている。
廊下を歩く足音は軽く、
ふたりの影は寄り添うように伸びていた。
*
部屋の前まで戻ってくると、
アレックスがそっと言った。
「……アメリア。」
「なぁに?」
「今日……楽しかった。」
アメリアは嬉しくて頷く。
「私も!」
アレックスは金の紐を握りしめながら、
ゆっくり深呼吸をした。
「……また、明日も……いっしょに歩きたい。」
「もちろんだよ。」
扉が閉まる直前、
アメリアは小さく手を振った。
アレックスも照れながら手を振り返す。
ふたりの幼い日常はゆっくりと次の季節へ進んでいった。




