104.9話 「残された者たちの行方」
雪の壁が迫ってくる。音もなく、しかし確実に死の息吹が近づいてくる。
月見は研究室の窓から外を見つめた。風速計の針が振り切れそうな勢いで揺れ動いている。
「準備はできたわ……」
彼女は静かに呟いた。
「このデータだけは……必ず残さなければ」
制御室に急ぎ戻った月見は、島の防衛システムの最終操作を行った。エネルギーシールドの一部を拠点周辺に集中させ、わずかな時間を稼ぐために。
これで少しはアイランド島への被害は抑えることができるはずだ
あの子たちは必ず生き延びる。
私も、いや私たちも生き残るために最善を尽くさないと。みんな絶対に生きて帰るわ。
月見は最後の起動スイッチを入れた。
エネルギーが極限まで高まっていく。
研究室で警報が鳴り響く中、研究員たちは必死に作業を続けた。
データバックアップ、重要サンプルの冷凍保存、そして……
「団長!!!」
若い研究員の一人が叫ぶ。
「エネルギーシールド維持限界まであと30秒です!」
「すべてのエアーダガールに発信準備を!!!」
月見は冷静に指示した。
もう迷っている暇はない。
「生き延びて、使命を果たしましょう」
彼女の言葉に、研究員たちは無言で頷いた。誰もが覚悟を決めていた。
この先には想像を絶する困難が待ち受けているかもしれないけれど、それでも前へ進まなければならない。
外ではA級ブリザードが猛威を振るい、空が暗雲に覆われていた。暴風が建物を揺らし、時折金属が軋む音が聞こえてくる。
そんな中、月見は懐から一枚の写真を取り出した。
家族写真だ。
「 隆太……ラピズ……」
彼女は小さく微笑んだ。「あなたたちなら大丈夫。」
「どうか無事でいて……」
そして彼女は再び前を向いた。どんな困難が待ち受けていようと、私たちの未来のために。
みんなが笑顔でいるそのときのために
「これからどうすればいいですか?月見団長!」
若い女性団員・シオリが叫んだ。暴風が激しさを増し、施設全体が軋む音が轟く。
月見は家族写真をそっと胸ポケットにしまった。
「落ち着いて聞きなさい」
彼女の声は不思議なほど静かだった。
**パリンッ!**
突然、研究棟のガラス窓が粉々に砕け散った。A級ブリザードがついに防護壁を突破したのだ。零下60度の氷の刃が廊下を這い上がる。
「防護シェルターB区画へ避難!移動班は重傷者と研究資料優先!」
月見の指示は迅速だった。
「エネルギー配分を変更──シールドシステムは完全放棄!代わりにシェルター内部の生命維持装置へ全力供給!」
大型モニターが真っ赤に点滅し、エネルギーゲージが急降下していく。
**『電力供給停止まで残り7分』**
「シオリ!」
月見は走りながら叫んだ。
シオリも応急キットを抱え走り出した。
廊下の照明が明滅し始める。残り時間は刻一刻と減っていく。
**ドーンッ!!!**
施設全体が揺れた。天井パネルが落下し、ホコリが舞い上がる。A級ブリザードが建物の屋根を突き破ったのだ。
「データコンソールは持ち出せ!緊急ディスクは予備電源で起動して!」
月見は研究資料庫へ飛び込んだ。手際よく必要なファイルを選別し、特殊バッグに収める。
**プシュー……**
非常用エアロックが自動閉鎖され、研究所のメイン通路は切り離された。
「団長……」
シオリが震える声で言った。
「隆太君たち……ちゃんと逃げられましたよね?」
月見は一瞬だけ動きを止め、窓の外に目を向けた。氷霧が渦巻き、視界はゼロ。それでも彼女は信じるように口を開いた。
「……ええ、きっと。あの子たちは強いわ」
「今は私たちの使命に集中しましょう。生き残って、あの子たちの帰りを待つために」
「はい!」
二人は再び走り出した。廊下の奥では、技術班が巨大なサーバーラックを人力で押している。全員の呼吸が白い霧となって宙に溶けていった。
**ジリリリリリ───**
サイレンが最高潮に達した瞬間、突如として電力が落ちた。闇の中、非常灯だけが弱々しく瞬く。
「団長!予備バッテリーの稼働率30%です!シェルターまでは保ちますが……」
「構わないわ。みんな、最後の力を振り絞って!」
月見の声が、暗闇の中で異様な明瞭さを持って響いた。
彼女の両眼だけが、まるで炎のように輝いていた。
「私たちは決して諦めない──絶対にね」
その言葉と共に、全員が最後の気力を奮い起こした。崩壊寸前の施設を抜け、生存の可能性がわずかに残されたシェルターへと向かって。




