104.7「 守るべきものはいつも小さく脆い」
新田は理人と美香の自宅の掃除をしていた。二人の使っていたと思われるものを箱に入れていく。段ボールの中にはマグカップや色違いのゲーム機などが入っている。
「新田少しいいかい?」
玄関から甘夏目の声が聞こえる。
「俺の方は大体終わったけどそっちの方は……」
「ああ……終わりの方向性が見えない……」
「マジか……」
甘夏目は写真やアルバムなどを入れていた。たくさんの写真とアルバムを見ているうちに悲しい気持ちになっていた。
アルバムには小学校入学前から大学卒業までの写真が入っている。さらに別のアルバムには家族写真が入っていた。幼少時代の兄妹の写真もあった。
彼は本当に彼女の事が大好きだったことがよくわかる。自分達より遥かに年下なのに愛情の大きさに衝撃を受けたのだ。本当に彼らの妹への愛情がとても大きい事がわかり少し泣いた。
「さて……それじゃあもう一度片づけに行きますか!!」
「待ってくれ!!新田!!」
甘夏目が彼を止める。慌てた様子である。新田は何が起きたのか気になり彼に歩み寄る
「あのドレスの事なんだけど...」
甘夏目のその言葉を聞くと新田は急いで箱を持って来る。その箱の中には二人がグロウベルグシステムを適用する前日に撮影した写真があった。
ドレスに添付されていた写真の中に二人のツーショットの写真がある。どうやら旅行先で撮影した写真らしい
結局ドレスは彼らの手元にあるままでどうしたらいいのか彼らは悩み続けていた
あの地震がなければ美香ちゃんはこのドレスを着れたかもしれない...
「なんでこれを?」
「あの時二人が笑顔を浮かべている写真があったからね」
二人はツーショットの写真を見る。
「本当に…………二人の婚礼姿が見たかったなぁ……」
そう言うと新田はポツリと涙を流す。
新田は彼らの姿を見ていないし実際会った事もない。それでも彼は二人の思い確かに受け止めていた
「なぁ……この箱はどうするんだ?」
新田は箱に入れてあるドレスを見て話しかける
「彼の元妻のところに持って行くしか……」
「それだけはダメだ」
新田は真っ先に否定する
「あのお坊さんならきっといい考えを出してくれるはずだ」
そう言い終えた新田の目には涙が光っていた。甘夏目も同意するように頷いた。二人は重い足取りで寺へと向かった。
夕暮れ時の境内はひんやりとした空気に包まれていた。寺務所で神主を探していると、ちょうど本堂から出てきた老人を見つけた。
「おや、どうしましたか?」
穏やかな声で尋ねる神主に、新田は事情を説明した。ドレスと指輪のこと、元妻とのトラブル、そして何より理人と美香の想いをどう扱えば良いのかという悩みを。
神主は静かに耳を傾けていた。そして話が終わると、深い溜息をついた。
長い沈黙の後、彼は徐に語り始めた。
「それは難しい問題ですなぁ……」
そう言うと神主は箱から指輪を取り出し、じっと眺める
「これは確かに……旦那さんのものですね」
彼はさらに続ける
「このドレスを依頼主に返すのが筋というものでしょうが……元奥様に渡せば何をするか分からない」
「元奥様というのは……理人さんの」
「……まあ色々あったのでしょうが……」
神主はそう言うと箱からドレスを取り出し広げてみる。淡いクリーム色の生地に繊細なレースが施されている。スカート部分には小さな花びらのような模様が刺繍されていた。とても美しいドレスだった。
神主は優しい目でドレスを見つめていたが、やがて悲しそうな表情になった。
「以前にも話しましたがこのドレスを作った職人はね……理人くんの友人だったのですよ」
彼はまた沈黙する。その沈黙は重く感じた。
「……実はね」
神主は重い口を開いた。彼の視線はドレスに釘付けになっている。
「生前、美香さんが……理人くんの子を身ごもったと言って相談に来たことがあったんじゃよ」
「え?」
新田と甘夏目は凍りついた。想像さえしていなかった事実に思考が停止する。
「……最初は信じられんかった。だが、彼女の表情を見てすぐにわかった。嘘ではなかった」
神主は皺の刻まれた目元を拭った。
「あの時は……どうしていいか分からなくてね。……彼らの置かれた状況を考えると……」
「それで……赤ちゃんは?」
甘夏目の声が震えた。
「……結局、流れてしまいました」
新田の喉から嗚咽が漏れた。彼は必死に拳を握りしめているが、溢れる涙は止められない。
「その事実を……なぜ今まで」
「理人くんには伝えられなかったんじゃよ。もし彼が知ったら……あの過酷な状況で耐えられるかどうか」
神主の声は途切れがちだ。
「ましてやこの話をされたのは美香さんはグロウベルグシステムとやらを使用する予定の1か月前であった...」
「じゃあ……」
新田の声はかすれていた。
「このドレスは……」
「そうです。美香さんとってはお腹の子のためのドレスでもあったんです。『いつかこの子を抱きしめられる日が来たら』と……そう言っていました」
重い沈黙が落ちた。夕日が境内を赤く染めていく。
「このドレスは……二人の夢そのものです」
甘夏目が静かに言った。
「決して汚してはならない」
新田は涙で濡れた顔を上げた。
神主は二人にこれからどうするのかと聞くと二人はいずれ自分たちもグロウベルグシステムを使い理人と美香がいる世界に転移すると伝える
「では……そちらの世界に持っていきましょう」
神主は静かに言った。
「あなた達が選んだ道なら……きっと祝福してくれるはずです」
甘夏目と新田は神妙な面持ちで頷いた。
「でも……ひとつだけ条件があります」
「なんでしょう?」
新田が身を乗り出す。
「その指輪の方は……美香さんのお墓にお供えさせてください」
神主は箱から小さな指輪を取り出した。シンプルなプラチナリングだ
「これは……」
「彼が彼女に贈るはずだったものです。美香さんは一度も身に着けませんでした。でも……彼女の心に届くように」
新田は言葉に詰まった。甘夏目はそっと指輪を受け取った。
「わかりました。必ず」
神主は満足そうに頷いた。
「そしてもう一つ」
彼は新しい箱を用意しながら言った。
「このドレスは綺麗に洗濯してお渡しします。……理人くんの友人の店で」
「え?」
「彼は腕のいいクリーニング屋なんですよ。こんなこともあろうかと連絡しておきました」
神主は穏やかに微笑んだ。
翌週、東京郊外の小さなクリーニング店でドレスを受け取った二人は再び寺を訪れた。真新しい白い箱に収められたドレスは新品同様の輝きを取り戻していた。
「ありがとうございました」
深々と頭を下げる甘夏目に、神主は「幸せをお祈りしています」と柔らかく告げた。
夕暮れの帰り道、新田はポツリと言った。
「これで……あの二人も安心するかな」
甘夏目は空を見上げた。
「きっとね。それに……自分たちにも大きな責任ができてしまったね」
「ああ」
新田は照れ臭そうに鼻をこすった。
「次に会うときは……四人で写真を撮ろう。」
二人は笑顔で頷き合った。それは悲しみを乗り越えた先にある希望の笑顔だった。
その後理人の自宅に保管してある美香の遺品もきれいに整理され神社にてしっかりとお焚き上げされた。
「美香さんはお兄ちゃんに助けられながら……懸命に生きた……」
「ああ……彼らの想いは確かになにかを生み出している……」
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薄暗いシェルターの中で、私は毛布にくるまりながら天井を見つめていた。温かさを感じるはずなのに、心はどこか冷え切っている。
「私はあの人の変わりなんかじゃない....」
小さく呟いた。この避難シェルターに来てからずっと考えている。
隣で眠る理人と美香の寝息が聞こえる。
「馬鹿みたい……」




