103話 「避難所にて」(中編)
美香の瞳に涙がにじむ。彼女はゆっくりと首を振った。
「謝らないで。お兄ちゃんは精一杯頑張ったと思う。それで十分よ」
その言葉は、別の世界の理人へ宛てた感謝の言葉であり、同時に自分自身への慰めでもあった。
「きっとお兄ちゃんと一緒にいた私はお兄ちゃんとずっと一緒にいられなかったことが……一番の心残りだったと思う
暖炉の火がぱちりと爆ぜた。その音に重なるように
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隆太とラピズは別の部屋にある簡易ベッドを割り当てられていた。二人は寝床に落ち着いたものの、なかなか眠りにつけずにいた。
「なあ……ラピズ」
隆太が暗闇の中で声をかける。シェルター内の非常灯がわずかに照らす天井を見つめながら。
「母さんのこと、やっぱり気になるよな」
小さなベッドの上で丸くなっていたラピズがもぞもぞと動き、「うん」と小さな声で答えた。
「あれからこのトランシーバーで問いかけているんだけど結局何の返答もないのぜ....」
彼女は掛け布団をギュッと握りしめる。
隆太は上半身を起こし、隣の小さなシルエットに向き合う。
「母さんはきっと無事だよ、旅団の人たちもな」
「……信じるなのぜ」
ラピズの声は微かに震えていた。
「ただ……怖いなのぜ。また大切な人を失うことが」
「大丈夫だ」
隆太は彼女の小さな頭を撫でた。
「みんなきっと無事だ」
隆太は優しく微笑む。
「……ありがとうなのぜ」
ラピズは小さく微笑むと再び毛布に潜り込む。
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シェルターの一角に設置された仮眠室ではミディールが一人作業を続けていた。
彼の前に広げられたノートには複雑な数式やグラフが書き込まれている。
「……やはりエネルギー密度の問題か」
「何してるの?」
突然の声にミディールは顔を上げた。そこには美亜が立っていた。
「ごめんなさい騒がしかったでしょ?」
「ううん。眠れなくて」
美亜は椅子に腰掛け、ミディールの手元を覗き込む
「これは……エアーダガールの改良案?」
「旅団の人たちに改造してもらったけどそれでも今回のブリザードでダメージを受けてしまった。また同じようなレベルのブリザードにぶち当たったらひとたまりもないわ」
ミディールはペンを置いて軽く伸びをする。
「私は……技術者だからこそ命を守る責任がある....」
その言葉に美亜は驚いた表情を見せる。普段冷静沈着な彼が初めて個人的な感情を吐露したからだ。
「……ぐがー……」
突如、部屋の隅から低く野太いイビキが響き渡った。
「ん?」
美亜とミディールが顔を見合わせる。
「ぐごっ……ふがが……」
「ポルコだ」
ミディールが口元を押さえながら笑みをこぼす。ポルコが横たわる簡易ベッドからは規則正しい鼾が続き、その大きな体が僅かに上下していた。
「すごいね、こんな環境でも熟睡できるなんて」
美亜も思わず笑いを漏らす。
「私なんて緊張して一睡もできないのに」
「相当お疲れのようね」
ミディールはノートを閉じ、立ち上がる。
「休憩にするわ。あなたも早く休みなさい」
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エアダガールの自室。照明を落とした薄暗い空間に4つのベッドが整然と並んでいる。中央には回復システムの青白い光が淡く輝き、カプセル型の機会、生命を維持する装置が低い駆動音を響かせていた。
「ふう……今日も色々あったね」
奏花が自分のベッドに座り込みながら長い溜息をつく。髪が枕の上で柔らかく波打つ。
「おやすみなさい~……」
理緒は既に半分眠りかけている。足がベッドから少しはみ出している。
「……明日はどうなるんだろうね」
ミナが天井を見つめながらぽつりと呟く。赤い瞳が薄明かりの中でわずかに揺れている。
沈黙が流れた後、ユウキが静かに口を開いた。
「僕たちにできることをするしかないよ」
彼の拳が無意識に握りしめられている。
「いたとしても……もう……」
ミナの言葉が途切れる。
想像しただけで胸が痛くなる。
「そんなことは考えたらだめだよ……」
奏花の励ましが静寂の中に溶け込んでいく
静まり返ったエアーダガールの自室。ユウキの言葉が宙に浮かんだまま漂う中、奏花がゆっくりと身を起こした。ベッドサイドの小さなランプが彼女の優しい表情を照らし出す。
「私たちが知っているお婆ちゃん、那智さんは理人君がこの世界に転移してくる数か月前に病気でなくなっている。何度か話したことはあるよね?」
ミナとユウキが同時に奏花の方を向いた。
「どんな人だったの?」
ミナの声には好奇心と緊張が混ざっていた。ユウキも真剣な眼差しで奏花を見る。
「私たちの知るお婆ちゃんはね……」
奏花は静かに話し始めた。
「すごく権威にあふれる人で他人に厳しくて自分にはさらに厳しい人だった」
「ほんといろいろ厳しい性格してたよね、ばっちゃんw」
毛布をくるみながらケタケタと笑う理緒
「とにかく研究熱心で島を守るためにいろんな研究したり実験したり、島の指導者としても指揮を執っていたよ」
「あの人、政治的な立ち位置では国のトップ、賢者だったからね」
ユウキが補足する。
「うん」
奏花は頷くと遠い目をした。
「島民の安全を最優先に考えてたけど、同時に一人ひとりの自由も尊重してくれる人だった。厳しいけど公平で……尊敬できるお婆ちゃんだったよ」
奏花の語りが続く中、ユウキは徐々に顔色を曇らせていった。
「でも……」
彼の声は低く震えていた。
「そんな厳しい人だったのなら……僕たちに力を貸してくれるとは限らないんじゃないかなそもそも君たちの知る那智さんとは同一人物でも君たちのことを知らないんだよ?」
室内の空気が一瞬凍りついた。
「何を言い出すのよ、兄さん」
ミナが顔をしかめる。
「私たちには他に選択肢がないじゃない」
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無言が続く
「もう遅い時間だし……そろそろ寝ようか」
奏花はやさしく微笑んだ。彼女の提案に全員が同意する
奏花がランプのスイッチに手をかけると、室内が柔らかな闇に包まれた。ユウキが何か言いたげに唇を開いたが、結局は何も言わずに瞼を閉じる。ミナと理緒は既に小さな寝息を立てはじめていた。
深夜の避難所は氷河の静寂に包まれていた。シェルターの装甲が軋む音さえも、遠い夢のなかの響きのように感じられる。
彼らは再び境界線に立っている。運命の糸がここで結ばれるのか――あるいは引き裂かれるのか。答えを知る者はまだどこにもいない。
シェルターの一室ではミディールが図面と睨み合っていた。エアーダガールの設計図がテーブルいっぱいに広がり、修正線や注釈がびっしりと書き込まれている。
「エネルギー問題は解決できたとしても……」
彼女は拳を握りしめる。
「あの人が協力してくれなければ意味がないわ」
果たしてこの世界の那智は彼らに力を貸してくれるのか?そして彼女は彼らに何を語るのか?




