滅びる前の世界⑤
「……王になる? 消える……? 突然何を言い出すのだ?!」
突然の条件に困惑しながら、リウラは続けた。
「何で全てを知ったらお前が消えなければならないのだ?! 俺は心力を増やしたいだけだ! 俺が王になることと心力を増やすことに何の関係がある?!」
「王になると誓えるのであれば、それも含めて全部話す」
真剣な眼差しを返され、リウラは怯んで押し黙った。
リウラが黙ったままでも、レイルはリウラの返事を待ち、何も発しようとしない。承諾でも拒否でも、どちらかの意を今示せということだろう。
「俺が、王になれば……皆は寿命に怯えることなく、永遠を過ごせるようになるのか……?」
「ならない」
絞るような声でした質問は、冷徹な声で返された。
「お前に与えられるのは、永遠を生きる命を選ぶ権利だけだ」
「それでは何も変わらないではないか⁈」
「変わるさ。少なくとも失敗を積み上げることはできる」
失敗。という言葉に、リウラが怪訝そうに眉をしかめた。
「重要なのは変化することだ。私からお前に、お前から次の王に。今世界を統治する者が変わることが必要だ。私だけじゃない、他の誰かが皆の永遠を叶えようと足掻き、失敗することで、いずれ誰もが、皆の永遠が叶えることのできない妄言だと理解するだろう。その礎になる覚悟はお前にあるか?」
「……」
レイルの言いたいことはわかる。意地悪や独占欲から心力を十分に配らないのではなく、そもそも十分に心力が無いから配れない。
これは別な者が王になったからといって、解決できる問題ではない。
リウラだって、心力を増やせればと思っているだけで、具体的に皆の永遠を叶えられるようなビジョンを持っているわけではない。無理だと割り切りたくないだけだ。
だが、王が変われば一時的ながら現状に不満を持つ者のストレスを払拭することはできる。新しい王の下で、改めてより良き世界を夢見ることもできるだろう。
叶うかどうかは別として。
「……今の世界のシステムをはじめに考えたのは、私の友だ」
押し黙るリウラに、一転して優しい声になったレイルが語り始めた。
「秩序がなく、暴力が蔓延る世界で、皆に生きるチャンスが生まれる様にと、法と心力を公平に半分するシステムを考案した。その理想を実現すべく、私は力を振るい、世界を統治した」
「……その友は、今どうしている?」
「消えたよ。あいつが考えた世界で、あいつは生き続ける基準を満たすことができなかった。あいつが考えた秩序を守り、私もそいつを見殺しにした」
こちらを見ながらも、物憂げに遠くを見つめるようなレイルの瞳を見つめて、リウラはハッと息をのんだ。
先ほどの失敗を積み重ねる、という言葉は自分への嫌味ではない。恐らく、レイル自身の自責の念によるものだ。
責任のある立場だからこそ、王だからこそ、自分の意志を殺し、秩序を守ったレイル自身の自責の念。
レイルだって、今の世界の在り方を心から望んでいるわけではない。
自分の心を殺して、割り切っているだけだ。救えた命に目を瞑ってだ。今の世界で心力の配分権はレイルが握っている。自分の大切なものに贔屓して多く渡すこともやろうと思えばできるのだ。だが、それをすれば今の世界を支える秩序が破れる。
秩序が揺らげば、また力の強いものが支配するだけの世界に戻ってしまう。
だからこそ、虹の渦の謎を解き、心力を増やすべきではないのか。
反論を予測したレイルが、内に燻ったリウラの疑問を先に潰す。
「……虹の渦はな、私にもどうすることもできないんだ。あれがとある存在にコントロールされているのは知っている。……だが、どうすることもできんのだ」
「どういう意味だ?」
「……この先は、王になると約束してもらわねば話せない。お前が王になってくれるのであれば、私はすべてを託してこの世から消える。身は細いが、これでも大飯喰だ。全員の命は賄えなくとも、私が消えれば、千人ぐらいは生きられる命が増えるだろう」
どうあっても、虹の渦についてタダで話す気はないらしい。
だが、口にしたところリウラの望む世界は叶わないと思っているらしく、依然として話す条件はリウラが王になること——リウラが自分の代わりに世界の秩序を管理することだ。
話を聞けば、何かが変わるかもしれない。だが、その場合レイルは全てを託して消えると言っている。
秩序を守るための、責任も、割り切るための覚悟も託した上でだ。
「改めて問おう。私の代わりに、王にならないか?」
なってくれないか。
言外にはしないものの、疲れたように、弱弱しく投げかけられた問いには、リウラへの期待も含まれている。
「……すまない。俺は王にはならない」
しばらく考え込んだ後、そう返答したリウラの姿は酷く悲しそうだった。
自分の回答が、レイルの期待に添えるものじゃないことを知っていたからだ。
「王になるということは、命を選ぶということになる。俺は、……俺は大切な者たちとは、一分一秒でも同じ時を過ごしていたい。お前みたいに、割り切ることはできない」
今ここでレイルの命を割り切れない自分が王になることなどできるはずもなかった。
「……俺はおまえにも生きていてほしいよ」
「……そうか」
結局、自分が駄々をこねただけになってしまった。
リウラが頭を下げようとしたが、レイルが優しい顔をして、手で制した。
「……だからこそ、お前を王にしろという声が多く上がるのかもしれないな」
自虐じみた笑みを浮かべて、乾いた笑いを上げたレイルを見て、リウラは胸が引き裂かれそうな気持ちになった。
俺は、レイルに押し付けているだけだ。
世界を管理する責任を。秩序を守るために割り切る覚悟を。
駄々をこねることが許されているだけ、自分は大事にされている。
わかってはいたが、無意識のままに見ないふりをしていた自分の愚かさに気が付いて、何も言えなくなったリウラは、とぼとぼと王の間を後にした。




