滅びる前の世界④
リウラは心力の使用制限が解除されたのをいいことに、下町でありとあらゆる食べ物を爆買いする。
既に宿舎の部屋は、大量の荷物で足の踏み場がない状態なので、必然的に使用用途は食べ物やライブなどの、消費型や体験型の娯楽になった。
そういえば、ファルモーニにライブに来るように誘われていたか。
滅多に足を運ぶことはないが、リウラはライブ会場がある中央街に食べ物を食べながら足を運んだ。
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「皆―‼ 今日は私の歌を聞きに来てくれてありがとー‼」
会場は8000人を収容できる、街一番の大きさを誇るライブドームだ。
ファルモーニが楽器を手にステージ上へ姿を現すと、怒号のような歓声が上がる。
アーサーはリウラが下町の者へ心力を配る行為を無駄と評していたが、唯一の例外がファルモーニだ。
リウラが彼女の歌を評価したことをきっかけに、下町の者を中心に音楽の才を評価されるようになった彼女は、コツコツと音楽家としての活動を積み重ね、今では世界で一番人気の歌姫となった。
身分の差を問わない、皆の恒久的な繁栄を願うファルモーニの歌は、初めの内は上の者から指示されなかったが、悪評を吹き飛ばして人気を得たのは、彼女の努力と音楽の才によるものだろう。
ファルモーニが歌を歌い出すと、彼女の髪の色と同じ、ライムグリーンのサイリウムがリズムに合わせて揺れた。
相変わらず盛況だな。と関係者のみ入れる舞台袖から、美しい音色を奏でるファルモーニの様子をリウラは見守った。
ライブは大変盛況のうちに終わった。
「今日はありがとう‼ 来月には新曲も出すから、また来てね~!」
ライブの終了時には、8000人いた観客が3000人ほどに減っていた。
残った観客が足元に転がっている端末たちを避けながら会場を後にする。中には端へ蹴とばしながら出ていく者もいた。
「……」
完全に観客が出ていったあと、悲しそうに息を漏らしたファルモーニが、観客席の方へと足を運ぶ。
袖から出てきたスタッフたちと共に、転がっている端末を一つ一つ回収を始めた時だ。
「……手伝うよ」
「リウラ……」
ファルモーニの傍へリウラが赴き、一緒に端末を回収し始めた。
愁いを帯びた目で端末を拾うリウラの横顔を一瞥してから、穏やかな声でファルモーニも語り掛ける。
「また袖で見ていたの? 料金払ってるなら客席で見ればいいのに」
「いいんだ。あそこにいるのは少々辛い」
「今日は一段と多かったからね。ファイナルライブにするヒト」
ライブ終了時に観客が減るのは、ライブに退屈して客が出ていったからではない。
最後の瞬間は推しの歌を聞いて消えようと、なけなしの心力でチケットを購入した者が、ライブの途中で消滅するからだ。
ライブは元々、心力に余裕のある上の階級の者にのみ嗜まれた娯楽であったため、このような光景は見られないのだが、ファルモーニは下町の者からの支持も厚い。
そのため、ファルモーニのライブ終了後には、消滅した者たちが身に着けていた端末を回収するのが恒例行事の一つになっていた。
来月に新曲を出すから聞いてくれ、とは言ったが、実際に聞ける者は半分もいない。
「今になってようやくわかるよ。残されていく側も辛いね」
以前は寿命に余裕のあるリウラのことを詰ったファルモーニだったが、一流のアーティストになった今、自分の命を削って音楽活動を支えてくれる者たちの思いが、嬉しい反面、呪いのように重く感じることもある。
多くの利益を追求するのは商売に置いて当然ではあるが、それはファルモーニが歌に捧げる理念とは矛盾する。
そんな矛盾に当のファルモーニもどこかすり減った様子だった。
「この前さ、下町の子どもたちに無償で音楽を教えようとしたら、同業のヒトたちに怒られた。ライバルを育てるような真似をするなって。教えるなら見合った金をとれってさ」
「……そうか」
「心力の限られた今の世界じゃ、誰かを育てることは、誰かの場所を奪うってことと一緒みたい。皆で楽しく歌を歌えるような世界にしたいんだけど、なかなかそうは成らないなあ」
よっぽどこっぴどく怒られたのだろう。無理に笑顔を作って入るが、反して声は暗かった。
「アーサーが言っていたのだが、料理でも音楽でも……なんでもそうだ。永遠の命がある以上、技術を他の者に継がせる必要が無い。それで地位を得た者は、情報や技術を独占し続ける。他の者に分け与えれば、自分の命が脅かされるかもしれないから」
「独学で腕を磨くには時間がかかるけど、腕を磨くだけの時間は皆にないし」
詰んでるね。
そう呟いて、積み上げられた大量の遺品をスタッフたちに回収させた。
「呼んだくせに……愚痴だけ吐いてごめんね」
「……構わん。吐きだし先にも苦労するだろう」
「同業の前で漏らしたら……何様だってぶたれるからさ」
誰かの命の短さに悩めるということは、少なくとも自分の寿命には悩んでいないということだ。
生きるラインを保つのに苦労しているものが大半だ。そんな者からすればファルモーニの悩みなど嫌味も同然だろう。
全ては虹の渦が吐き出す心力の量が足りていないから。
定期的に現れる厄災を倒し続ければ、幾分かの心力を手に入れられるが、全体の消費量からすれば雀の涙ほどでしかなく、それも均等に分配されるわけではない。
次の厄災に備えて、無理やりリウラに持たされる。
自分に持たされなければ、生き永らえた命が多くあることを理解した上でだ。
そして、厄災の強さもどんどん増している。いずれはリウラでも討伐できない強さの者が現れてもおかしくはない。
現状が変わらないまま、着々と崩壊へと向かっている今の世界は。確かに詰んでいた。
声には出さず涙を流すファルモーニの頭を優しく擦って、リウラは意を決したかのように中央塔を眺めた。
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翌日、中央塔にある【王の間】で、レイルの元へ現れたリウラは、改まった様子でレイルに告げた。
「頼む。虹の渦の調査をさせてくれ」
「……」
レイルは玉座に腰をかけながら険しい顔をしたのちに、ダメだ。と静かに首を振った。
「何故ダメなのだ⁈ 以前は心力の供給量を上げれないかと、国を挙げて研究を行っていたではないか⁈」
「意味がないことが判明したからだ。無駄とわかっていることに労力を注ぐことはできん」
「……俺は、以前行われていた虹の渦の調査結果を、見たことがある」
リウラの独白に、レイルがピクリと眉間にしわを寄せた。
レイルは傍に控えさせていたアーサーを、部屋の外で待機しているよう合図を出した。
アーサーはリウラの顔を一瞥した後、気まずそうに背中を丸めながら王の間を後にする。
「国の極秘資料だ。……見たのか?」
「……すまない。だが、そこに記載されていた情報を見て驚いた」
見てはいけない資料を勝手に見た罪悪感はあるのだろう。
申し訳なさそうに語気を弱めながら、リウラが続けた。
「……何者かが、心力の排出量に制限がかかるよう、虹の渦に魔術をかけているらしいではないか」
そこまで見たのか。と言わんばかりにレイルが難しい顔をして額を押さえた。
「……理由は知らんが、意図的に心力を制限して、生存競争が起こるように何者かが仕向けているのだろう。厄災の出現もそれだ。争いの少なくなった世界に、力と言う負荷をかけ、この世界の生命に強制的に進化を促している。……この世界は、誰かが創造した箱庭で、俺たちはそこに生きる実験生物だ」
レイルはリウラが話を終えるまで、その内容を黙って聞いた。
そして、その内容について肯定も否定もしなかった。
ただただ俯いて何も言わなくなったレイルに、リウラは心を痛めながらも頼み込んだ。
「……知っていることを話してくれないか。皆で生きる世界の為に、俺が知らないことを知っておきたいんだ」
リウラが深々と頭を下げた。
だだっ広い王の間を、暫くの間静寂が支配した。頭を下げた体制のまま固まるリウラに、額を押さえながら難しい顔で固まるレイル。
「……なあ」
沈黙を打ち破ったのは、レイルの方だった。
「私の代わりに、王にならないか?」
「な……?」
突然何を言いだすのか。
質問の意味が分からずに、困惑するリウラの様子を見て、レイルが何やら悟ったように穏やかな笑みを見せた。
「……私の代わりに王になってくれるのであれば、全てを話して私は消える」




