信じられなくて
「【駕瓦我隷輪】!」
左腕の、黒い雷のオーラに引っ張られるように街を暴走するリウラに、再び自我を奪う首輪が巻き付いた。
「止め……ロ……!」
ただでさえ雷のオーラに自我を持って行かれそうになるのに、そこにさらに横やりが入る。
左手で触れば【駕瓦我隷輪】は解けるが、首輪が装着される度、不快な心力が頭に流れ込み、意識を持って行かれそうになる。
「いいねえいいねえ! 後何回か決まれば洗脳できそうだ!」
再びリウラがリンカーから離れるように距離をとるが、左腕に引っ張られ、思うように動けない。
「待てテメエ‼」
「……邪魔だなあ」
そこに響子たちが追い付くと、リンカーが苛立ったように舌打ちをした。
「リンカー! 良くも破壊神を復活させてくれたな!」
「裏切り者は処罰する!」
そしてリンカーを挟み込むような形で、響子たちとは反対側の路地から、連盟の者と思われる者たちが現れた。
ヴォルバーンのような姿の飛竜や、ローブに身を包んだ魔導士型の契約戦士を連れた2組のプレイヤーだ。
聖也たちにとって連盟も敵だが、今の標的はリンカーという点は一致している。
2方向から挟み打つ形で、リンカーを追い詰めようとしたところ、
「【志枯羽根】」
「ぐあっ⁈」
リンカーが懐から鉄製の羽根を取り出し、それを連盟のプレイヤーたちに向かって投擲する。
額にダーツのように羽が刺さると、意識が奪われたかのように、プレイヤーと契約戦士たちが棒立ちのまま動かなくなった。
「邪魔者同士、仲良くやってなよ」
リンカーがすれ違いざまに、首輪を具現化し、連盟の者たちに装着する。
「あいつらを止めなさい」
リンカーの指示で首輪が機能し、意識を奪われたまま、契約戦士も人間も纏めて襲い掛かってくる。
連盟のプレイヤーのうち、一人のスキャナーのランプが赤く光っている。ライフ1ということだ。
「ファルモーニ!」
「はい! 子どもは見ちゃダメ!」
「わっ?!」
響子の声で、ファルモーニが聖也の視界を奪うように前に立ち、【与え合う力の増強曲】で響子を強化する。
「………………」
「……Oh」
ボコッ、ドカッ、バキッ、バキッ。
ファルモーニの背中の奥から、何やら凄惨な音が響き渡る。
何をしているのかは想像がつくが、どんな光景が広がっているのかは想像したくない。
おそらく、教師が生徒に見せられない光景が広がっているのだろう。
空気を察して目を逸らす聖也の前に立ちながら、ファルモーニの戦慄する声が漏れた。
「よし! 行くぞ!」
響子の合図で再び駆け出すと、恐らく響子にボコボコにされたであろう契約戦士たちの無残な姿がそこにあった。死にはしないが、動くことはできないだろう。
……この飛竜型の契約戦士とか、先生の10倍くらいはデカいんだけど。4VS1でどうやって倒したんだろう。
聖也が走りながら観察していると、「見るんじゃない」と響子が低い声で脅した。聖也は反射的に前を向き、リンカーたちの後を追う。
「リウラの先回りをしましょう!」
上空に滞在していたヴァルビーから送られてくる、周辺の情報をスキャナーで確認する。
「右の路地から行こう!」
「わかった!」
聖也の指示でルートを変え、リウラが通りそうな道を先回りするように、聖也が指示をしながら路地を抜けた。
そして、住宅街の中にある、小さな公園に待ち構えていた所、
「……きた!」
公園に隣接する路地から、リウラが迫ってくるのが見えた。
「リウラ! 僕だ! わかるか⁈」
「……聖、也」
リウラは聖也の姿を視認すると立ち止まり、息を荒くしながら、その場で膝を折った。
左腕のオーラが、首元まで侵食している。
リウラの通った道は、壁や地面、至る所に細かい亀裂が走っている。雷のオーラが触れた個所は、干からびた大地のように、深いヒビで割かれて崩壊していくらしい。
バチバチと辺りに雷をまき散らしていたオーラが、聖也と対面して少しだけ収まった。
「聖……也、俺は、俺は……何なんだ?」
虚ろな眼差しで、弱弱しく肩で息をしながら尋ねるリウラに、聖也は言葉を詰まらせた。
何て……何て答えたらいいんだ? 僕は。
困惑した顔で、何も言えなくなった聖也に縋るように、リウラが質問を重ねる。
「俺は……皆を殺したのか? 皆の世界を壊した……破壊神、なの……か?」
これは質問じゃない。願望だ。
そうじゃないって、僕に言ってほしいだけだ。
今にも泣きだしそうに、顔を歪めるリウラの顔に、聖也は益々困惑してしまい、ほんの少し後ずさりをしてしまった。
言わなきゃ。言わなきゃ。
リウラが欲している言葉を。今のリウラを支えてあげられる言葉を。
頭の中は真っ白になっていた。
自分の中で生まれる言葉よりも、リウラが望んでいる言葉を吐くのが『正解』だと思った。
頭を真っ白にしたまま、聖也はたどたどしく言葉を繋ぐ。
「リウラは……破壊神なんかじゃ――」
「自分のことを知らない人間に、それを聞くのは逃げなんじゃないのぉー?」
しかし、聖也の言葉を遮りながら、聖也たちの背後からリンカーの声が響き渡った。
「っ⁈ ファルモーニ!」
「…………」
響子がファルモーニに、スキルでバフをかけるように促すが、リウラを目の当たりにしたせいか、恐怖で動けなくなってしまっている。響子の声は完全に意識の外だった。
「がっ⁈」
「ぐあっ⁈」
その隙をついて、リンカーが響子と聖也を首輪で殴り飛ばす。棘付きの首輪でモロに殴られ、聖也たちは地面を転がりながら、公園の遊具に叩きつけられた。
「バフなしだとこんなもんか。……さてリウラ。自分のことを聞くなら、やっぱ僕たちの世界の奴なんじゃない?」
「ううっ……!」
ファルモーニの首に、首輪を装着し、乱暴に鎖を引っ張り、傍に寄せる。
「やめ……て……‼」
「さあ、答えなさい‼ あなたにとってリウラとは何者か‼」
「あ……、や……! リウラは……、わた、しに、とって……‼」
洗脳の力にあらがうように、ファルモーニが首輪に手をかけもがくが、意志に判して、口が勝手に動き始める。
ファルモーニの口が動く度、リウラの黒いオーラがバチバチと反応する。
リンカーが鎖に更に心力を籠めると、ファルモーニの顔が苦痛で歪み、吐きだすような声が響いた。
「……私を殺した‼ 世界を壊した破壊神‼」
「――――‼」
リウラの表情が絶望の色に染まると同時、黒い雷のオーラが急激に増幅し、リウラの全身を包み込んだ。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオ‼」
リウラが大きく咆哮すると、周囲に激しい雷を放出した。
ばら撒かれた雷のオーラは、周囲に破壊をまき散らしながら、壁や地面を鋭く砕いていく。
「アアアアアアアアアアアアアアアアア‼」
そしてリウラの形をした黒い雷の化け物は、けたたましい咆哮を上げながら、再び暴走をはじめ、街中へと去っていった。
「いいぞいいぞお‼ そんな君が欲しかったんだぁ‼」
遊具に叩きつけられ、フラフラと体を起こす響子たちなど眼中になく、リンカーは再びリウラの後を追う。
「……大丈夫か」
「……先生も」
聖也も、響子も、殴られた箇所から心力が溢れ出していた。現実世界なら二人とも出血多量で死んでいる。
「……ファルモーニ」
「ヘマしてごめん‼ だけどしょうがないじゃない⁉ 私はリウラに殺されたのよ⁉ 怖くて動けなくなってもしょうがないじゃない‼」
響子がファルモーニにフラフラと歩み寄ると、怯えたように、そして自分に言い訳をするような声で、大声で泣きながら、ファルモーニは一人で叫ぶ。
「……ファルモーニのせいじゃないよ。……僕が、間違えたんだ」
「聖也……」
「リウラが欲している言葉に逃げようとしたんだ。何が正解か、何が正しいのか、わからなかった。でも、僕は……あのどす黒い雷のオーラを見た時に……」
聖也は苦い顔をし、俯きながら、弱弱しく漏らした。
「……思ってしまった。リウラが破壊神なんじゃないかって」
あの時、自分がそうじゃないと信じていれば、リウラは暴走することはなかったかもしれない。
そんな後悔が立つ一方で、あの時自分が何を信じれば良かったのかわからない。
「先生……信じるって、何を信じたら良かったんですか……?」
声が歪んで、最後の方はしっかりとした言葉にすることはできなかった。
俯きながら嗚咽を漏らす聖也を見て、ファルモーニも気まずそうに目を逸らした。
「……ごめんな、聖也。先生が悪かった」
聖也の震える肩に、響子がポンと手を置いた。
「こんな時にも、必要以上にお前自身に考えさせようとしてしまった。正解のない問題に、お前に正解を出させようとしてしまった」
遠くで破壊の音が聞こえる。きっと今リウラが暴れているのだろう。
リンカーもそんなリウラの支配に動いたため、一刻も早く動き出さなければいけない状況だ。
だが、響子はゆったりとした動作で。聖也の前に腰を下ろした。
響子が優しく微笑むと、聖也は涙でぬれた顔を上げて、しゃっくりを上げながら、響子に向かい直った。
「今度は先生も手伝う。だから聞かせてくれ。お前が知ってる、リウラの事を」




