連盟の理念
凡そ100名のプレイヤーたちに囲まれながら、ラクナは呆れたようにため息をついた。
「凡そ100名でがかり囲んでおきながら、協力してほしいとは、ものの頼み方がなっていないのでは? スカーレス」
「その冷徹貴人ぶり、あなたは相変わらずですね。ラクナ」
宰相のような、袖の大きい服を着た男性型の契約戦士は、スカーレスというらしい。
薄青色の袖の長いローブで分かりにくいが、体はがっしりと大きく、高身長のラクナが、頭一つ分ほど見上げている。
手に持っている六分儀と秤が合体したような、煌びやかな装飾が施された器具は、彼の能力に関係するものなのだろうか。
ラクナが目の前にいるというのに、六分儀部分のレンズから、淡い笑みを浮かべながら、ラクナの様子を伺ってくる。
「この集団の長はあなたですか」
「その通り。消えた者の復活と、私たちの世界の復活を理念として、私がまとめ上げている連盟です」
消えた者のというワードに、那由多たちが目を丸くしながら顔を見合わせる。
もしかしたら、戦わなくていいのでは。
そんな期待を落ち着かせるように、ラクナが右手で那由多たちを制した。
「気を許さないように。前回ジークたちを派遣したのは、恐らくこの者たちです」
「じゃあ私たちを殺そうとしたのは、こいつらってことじゃない⁈」
「勘違いしないでいただきたい。あくまで私たちの狙いは、リウラですよ」
リウラ、というワードに結たちが困惑する一方で、ラクナとアーサーは苦い顔になる。
「むしろ、何故あなた達はリウラを復活させようとしているのです? 私たちの世界を滅ぼした存在――【破壊神 リウラ】を」
「滅ぼしたって、どういうこと?」
結がアーサーたちに尋ねるが、二人は口を噤んだままだ。
二人の代わりに、スカーレスが結の質問には答えた。
「言葉通りの意味です。私たちの世界はリウラによって滅ぼされ、私たちの世界の者は、リウラによって皆殺しにされています」
「師匠がそんなことするわけないだろ‼」
「そういう割に、君も苦い顔をしていますね。何か心当たりでもあるのでは?」
そう返され、ゼロムも悔し気に引き下がる。
「ラクナ。あなた皆に説明をしていませんね?」
「……下手に情報を与えては、リウラが自ら記憶を取り戻し、破壊神に戻る可能性がありましたから」
「なるほど、貴方の狙いは、破壊神になる前の肉体を復活させ、その状態でリウラの肉体を安定させることでしたか」
軽薄な笑みを浮かべながら、スカーレスはわざとらしく相槌を打つ。
「ラクナ、アーサー、そしてそこの小さき戦士よ。あなたたちは連盟の理念……滅びた世界の再生に異論はありますか?」
「「……ない」」「ありません」
「では、彼らの召喚者たちよ。あなたたちは、消えてしまった人間全ての復活に、何か不満はありますか?」
「「「「……ない」」」」
「ならば、貴方たちも私たちの連盟に入りなさい。目的は一緒のはずです」
懐を広げ、歓迎の気持ちを全身でスカーレスが表すが、全員返事をせず、ただただ黙ってスカーレスを見つめていた。
滅びた世界の復活は、今までアーサーたちから聞かされたことはなかったが、否定をしなかったということは、アーサーたちの悲願ではあったのだろう。
消えた人間の復活は、聖也を中心にしたグループの意見の総意だった。
幸いなことに、自分たちと、この連盟という集団の目的は一致している。理念だけを見れば、協力し合うことに意義はない。
だが、この場にいる全員理解している。
スカーレスのいう世界の再生に、リウラは含まれていないということを。
そして何故か、その召喚者である聖也の扱いについて、何も触れていないことを。
「断る、といったら?」
「ラクナ、この状況で、同意以外の選択肢がありますか?」
スカーレスの合図で、周囲を取り囲んでいたプレイヤーたちが、一斉に武器を取り出した。
「いくらあなたでも、兵を溜めていない状況下では、この人数を突破できないでしょう」
「この状況下でなければ、貴方たち全員の殲滅など容易いこともお忘れなく」
冷たい殺意を纏ったラクナの気迫に、周囲の契約戦士たちが慄いた。どうやらラクナのことを知っているのか、【無限機械兵】の強さは理解しているらしい。
「……アーサー、ゼロム。あなた達前衛でしょう。私の後ろに隠れるのを止めなさい」
「向こうに喧嘩売っているのはラクナ氏でしょー⁈」
「お前が何とかしろ蜘蛛女‼」
一方で、アーサーたちも、いくらラクナの力があれども、この状況下で戦うことは厳しいことを理解しているようだ。本来は守るべき対象であるはずのラクナの後ろに引っ込んで、これ以上刺激しないよう促している。
スカーレスとラクナが互いににらみを利かせながら、場は完全な膠着状態に陥った。
緊張した空気が、辺りを支配していた所――
「総統! E班から報告です!」
「……なんです? こんな時に」
緊迫した空気に横やりを入れられ、スカーレスがギロリと報告者を見やる。
鋭い視線に怯みながらも、報告者である若い人間の男は、声を震わせながら続けた。
「【集合】発動後、リンカーがリウラと接触! 自らの記憶と心力を与え――【破壊神 リウラ】が復活しました‼」
「何だと⁈」「何ですって⁈」
報告の内容に、スカーレスとラクナが悲鳴に近い声を上げた。
「どういうことだ⁈ 詳しく説明しろ‼」
「……同行していた我々を、スキルで動けなくした後、奴はリウラの使役を試みているような発言をしていました。……推測ですが、やつが連盟に入ったのは、誰にも邪魔されずに復活したリウラを支配下に置くチャンスを伺っていたからかと」
「裏切ったということか……⁈」
報告内容に言葉を失うスカーレスに、ラクナが拳を震わせながら、今まで聞いたことの無い大きな声で、怒鳴り散らした。
「何をやっているのですかあなた達は?!」
連盟、などといって徒党を組んでおきながら、構成員の管理もできず、挙句の果てには、リウラを破壊神として復活させた。
リンカーというものが、どう連盟内で振る舞っていたのかは知らないが、こんなことを起こされては、連盟の組織としての威厳が無に帰したも同然だ。
言葉を失うスカーレスをよそに、どこからか着信音が鳴り響いた。
『総統! 報告です!』
「何ですかこんな時に‼」
苛立った声に怯みながらも、発信者と思われる女性の声が響く。
『先ほど連盟加入希望の意を示した、音和響子という女性なのですが――』
「「……先生?!」」
突如として話題に上がった、自分たちの担任の名に、結と豪が驚きの声を上げる。
「こっちは緊急事態です! そんな報告後にしてください!」
『こっちはこっちで一大事なんです! その人、リウラって契約戦士の召喚者と知り合いだったらしく、A班合流後に私たちの目的をお伝えしたところ――』
自分を落ち着かせるように、一呼吸おいてから女性は続けた。
『突如暴れ出して、A班の契約戦士たち全員を半殺しにして逃亡‼ おそらくリウラの召喚者の下へ向かっているかと思われます! 彼女は強すぎます! 応援を! 至急応援を要請します‼』
「「何をやっているんだうちの先生は?!」」
自分たちと合流もせずに何をしてるかと思えば、勝手に一人で暴れ回ってやがる。
「……現場へ向かいましょう! 決してリウラと接触はしないように!」
取り敢えず、まずは現場に向かうほかはないだろう。
ラクナとスカーレスのやりとりは一時休戦。
連盟全員と共に、緊迫した面持ちで、慎重にリウラたちがいる方へと向かうのであった。




