顔合わせ
翌日、響子はスキャナーを鞄に入れて、学校に出勤する。
ファルモーニの指示通り、今日は豪にスキャナーを見せて、デスゲームで協力してもらえるよう、お願いをする予定だ。
(つっても、この女の言うことが真実である保証はないんだよなー)
いきなり玩具見せられて、デスゲームだ何だの言いだす教師を見て、豪という生徒がどんな反応をするのだろうか。
あの……いい年こいて恥ずかしくないんすか。と、冷めた目で見つめてくる豪の姿が鮮明に浮かんでくる。
そんな想像に気を重くしながらも、響子は昼休みに、鞄の中にスキャナーを隠しながら、豪がいるであろう屋上へ向かった。
「あれ、先生。どうしたんです?」
どうやら聖也や結も一緒らしい。皆で何やら話をしながら、弁当をつついている。最近仲が良いようで何よりだ。
ゲームに詳しい聖也もいるなら、一か八か、聖也にも訊ねてみるのもありかもしれない。
「いや、ちょっと聞きたいことがあってな」
「先生から珍しい。なんすか? 聞きたいことって」
「豪、お前がこの前持ってきていた玩具についてなんだが」
「「「…………」」」
響子が話題を振ると、何故か聖也と結も咀嚼を止め、全員気まずそうにして黙りこくった。
一方で響子も、話の内容が内容なので、どう切り出して良いものか困っている。
いやー、聞きたくねー。痛い大人だって思われるのやだなー。
しかし聞かなかったら聞かなかったで、後でファルモーニに煩く文句を言われて鬱陶しい。
響子は諦めたように大きく息を吐き、鞄の中からスキャナーを取り出した。
「この玩具について何か知って――」
「「「ブーーーーーーーーーーー?!」」」
「って、何だ皆して?! きったねえな⁈」
スキャナーを目にした瞬間、それぞれが口にしていたお茶や弁当を、衝撃のあまり吹き出した。
聖也たちはむせ返りながらも、息を整えながら、響子に食ってかかった。
「ななな、何で先生がそれ持ってるんですか⁈」
「知らねえよ! 勝手に送られてきたんだから! 第一何で聖也たちまで驚いてってブホッ――⁈」
響子の説明に割って入る形で、聖也たちがスキャナーを取り出すと、今度は響子がむせ返った。
いや、3人共ってなんだよ。3人って。
せき込む響子をよそに、3人がスキャナーを持っているのを見て、響子のスキャナーから、ファルモーニが実体化する。
「何よ~大当たりじゃない! まさか3人共プレイヤーだなんて!」
「え⁈ 【魂音の精霊 ファルモーニ】⁈」
突如姿を現したファルモーニに、聖也が反応した。
「お、君~、私のこと知ってるの? あらやだ、私ったらいつのまにやら有名人~?」
「聖也、何だこのいろいろと恥ずかしいチャンネーは」
「カウント7の支援役だよ。不思議な力が乗った音や歌声で、味方を強化するのが得意な契約戦士」
「いろいろ恥ずかしいって何よ⁈ ご挨拶ねクソガキ!」
恥ずかしいって、服だよ服。
右肩部分の露出度の高さを豪が指摘すると、ファルモーニは怒ってぷうっと頬を膨らます。
「先生もプレイヤーってことですよね?」
「うんまあ、そのプレイヤーってのが何なのかは知らないけど、そうらしい」
結の質問に、響子が頷く。
「もしかして先生、次の戦いが初参戦なんじゃ……」
「ん、まあそうらしいな」
闘いの深刻さを理解していないのか、曖昧な返事の多い響子の様子で、全員が納得した。
「……先生、信じられないかもしれないけど、ゲームオーバーになると、本当に存在が消えるんです。……覚えてないかもしれないけど、僕のクラスメイトも一人、消えてる……」
「……まじか」
聖也が辛そうに言葉を萎めると、ようやく響子もデスゲームことを信じ始めた。
「先生さえよければ、協力しませんか? 私たち、消えちゃった人を蘇らせるために、協力してくれるプレイヤーを探してるんです」
「そうこなくっちゃ! 私の世界を蘇らせられるなら、誰と協力してもオッケーよ! 皆で協力して、勝ち残りを目指しましょ!」
結の提案をファルモーニが勝手に取りまとめ、予想外の形で新たな協力者を得ることになった。
正直、驚きはしたものの、先生が傍にいてくれるのは、精神的にありがたい。
互いに見知った人間が仲間になったことで、驚きの余韻が抜けないままながら、聖也たちは全員顔を見合わせて安心した表情を浮かべた。
「あと二人、協力してくれるプレイヤーがいるんです。あとで紹介しますね」
「せんせー。そいつらも含めたライングループに誘っていいすか?」
「ホントはダメだが、仕方ないな」
「ねえ豪くん、君たちの仲間の契約戦士たちって、どんなのがいるの?」
「知ってるかは知らねえが、ラクナっていう蜘蛛女と、アーサーっていう2足歩行のドラゴン」
「へえ! 大御所揃い! 他には他には?!」
ラクナとアーサーの名を聞いて、テンションを上げるファルモーニ。どうやら二人は向こうの世界では名が知れているようだ。
出てきていいぞ、と豪が合図すると、ゼロムが実体化する。
「あとはゼロムっていう、俺の契約戦士」
「……ようハミチチ」
「失礼なあだ名付けないでもらえます~? 強いの? この子」
「こう見えてもカウント10。近接は最強クラスだ」
「それにとっておきの契約戦士がいるの! ねえ聖也」
「あ、うん、まあそうだね」
まだ完全に体が復活していないリウラを、トリとして紹介するのはいかがなものか。
若干複雑な心境になりながらも、聖也は自分のスキャナーを取り出した。
「おいで、リウラ」
「うむ、この度は仲間になってくれたこと感謝するぞ、ファルモーニとやら」
リウラが実体化し、ファルモーニに向かって頭を下げた。
「……聖也、このバケモノがお前の相棒か?」
足先と手の先以外を完全に失った状態で動いている生首を見て、響子がドン引きする。
まあ、そりゃそういう顔になるよね。
響子の心中を察した聖也が、力なく頷いた。
「リウラは記憶を失っていて、記憶が戻れば体も元通りになるんです。……それまではこういう状態らしいんですけど」
「……見れば見るほど、何でこの状態で生きてられるのか分からんな」
「実際問題何とかなっているから、良いのではないか?」
「……当の本人がこんな感じなので、気にしたら負けです」
深刻さを微塵も感じさせないリウラの声色に、響子も思考を放棄した。これ考えるだけ無駄なやつだ。
「ねえファルモーニ。リウラについて知ってることない? もしあればリウラ復活の手助けをしてほしいんだけど――」
こんな見てくれだが、今のリウラはスキルを二つも取り戻している。
もしファルモーニがリウラの記憶を持っているとしたら、リウラ復活にかなり近づくだろう。
そう考えた聖也が、ファルモーニに尋ねるが――
「リ、ウラ……?」
先ほどまでの明るい表情から一変。ファルモーニは顔を固まらせ、顔面蒼白といった様子で、言葉を詰まらせていた。
「ん……んーと、ごめん! 何も知らないかな?」
「……そうか」
ふと我に返ったファルモーニが、おどけた様子で笑いながら手を合わせる。
いや、今の何か知ってる間だったろ。
全員がそれを察するが、直前のファルモーニの怯えた表情から、それを口にすることはできなかった。
おそらくファルモーニは知っている。リウラについて、良くないことを。
重い空気が流れたところで、昼休み終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
「先生、グループのIDだけ後で送るんで」
「ああ、わかった」
今から掃除の時間なので、リウラたち契約戦士は実体化を解き、スキャナーの中のカードに意識を戻す。
それぞれがカバンにスキャナーをしまい、屋上を後にした。
「……ねえきょーこ」
「何だ?」
そして、職員室に向かう途中で、ファルモーニがカバンの中から響子に語り掛ける。
「やっぱ協力の話、なかったことにして」
「はあ? いきなり何言いだすんだ?」
「お願い。あのグループじゃなくて、他の人を探して。……じゃないと――」
もう一回世界が滅ぶ。
物騒ながらも、要領を得ないファルモーニの回答に、響子は首をかしげる。
「……? どういう意味だ?」
「これ以上は話せない。あと、聖也って子の耳にも絶対入れないで」
一方的に言い残し、その後ファルモーニは、帰宅するまで言葉を発しなくなってしまった。
急に怯えたように声を震わせるファルモーニを、響子は心配しながらも訝しく思いながら、次の授業の準備を始めた。




