【魂音(こおん)の精霊 ファルモーニ】
「……」
「ああ良かった、お目覚めのようですね」
響子が目を覚ますと、目に映ったのは白い天井だった。
ナース服を着た女性と、自分の腕に刺さっている点滴で、ここが病院なのだと理解する。
どうやらあのまま気絶して、そのまま病院に搬送されてしまったようだ。
「意識の方ははっきりされてますか?」
「……ええ、大丈夫です」
「生徒さんたちが心配されてましたよ。あそこにあるのはお見舞いです。生徒さんに好かれているのですね」
看護師が示した台の上には、小さな色紙に記されたメッセージと共に、様々なお見舞いの品が置かれていた。
金持ち学校の生徒というだけあって、響子がめったに食べないような高級果物や、栄養食品が添えられていた。
ビタミンが多量に含まれた、お腹に優しいゼリー飲料は聖也あたりのお見舞いの品だろうか。……ちょっと待て、誰だ。睡眠不足の私に眠眠打破を差し入れるやつは。
一緒に添えられたメッセージから、結のものだと理解すると、響子は苦笑しながらも、その場を立ち上がる。
その後、医者の元へ案内されて、いくつかの健康診断を受けた響子は、幾らかの栄養剤と睡眠導入剤を処方され、帰路に就いた。
学校からは明日まで安静を取っていいように言われたが、一刻でも早く、皆に元気な姿を見せて安心させてやりたいと、色紙のメッセージをみて思った。
病院帰りとは思えないほど、お見舞いの品も含めた山盛りの夕食を食べて、家事を済ませた後、就寝の準備をする。
「……睡眠薬なんて飲んだことないんだよな」
弱めの睡眠導入剤とは言っていたが、万が一にでも寝過ごしては困る。
使っていない目覚ましを引っ張り出し、ついでにノートパソコンのアラーム機能までオンにする。スマホのアラームと合わせて、目覚まし三台体制だ。
「……」
あとは、この謎の端末機器をどうするか。
塩でも盛ってみるか? 線香でも立てるか? 休みの日に神社にお祓いでもお願いするか?
そんなことを考えている間に、睡眠薬の効果が表れ始めたのか、響子を眠気が襲ってくる。
まあ、何しても無駄みたいだし。このままでいいか。
響子は床にスキャナーを放ると、目覚ましを傍に寄せてから、消灯して眠りについた。
明日からまた、頑張ろう。
生徒たちのお見舞いの品とメッセージのおかげで、心身ともにだいぶ回復した。(眠眠打破は別の機会で飲むことにする)
久しぶりに、心地よく眠りに入れそうだ。
1LDKの部屋に、響子の気持ちよさそうな寝息が聞こえ始めた頃――
『……』
床に抛られたスキャナーがひとりでに動き出し、じりじりと響子のベッドへと這いよると、飛び上がって響子の腕に、勝手に装着された。
『……』
そして出現した魔方陣から、1人の契約戦士が顔を出すと、響子の腕に装着されたスキャナーの、ログインのコマンドを押す。
そして、寝室から響子たちの姿が消え、【召喚都市・昼】のフィールドに転送された。
「――こ。きょーこ。ヘイ、マイマスタ~。起きてくださーい。朝ですよ~」
突然硬くなった寝床や、自分の体を揺さぶってくる感覚に、妙な不快感を覚えながらも、響子は腕を振り払って、再び寝息を立て始める。
体内時計的に午前6時。あと30分は寝ていられるはずだ。
一秒でも長くの時間を、体力の回復に努めたい響子の様子に、それを傍で見ていた人型の契約戦士は、困ったように腕を組むと、「そうだ! お目覚めに1曲歌ってあげる!」といって、何処からともなくギターを顕現させた。
ギターから延びる光のコードを、地肌に描かれた胸部の魔方陣に差し込むと、謎の契約戦士は、試しに弦を掻き鳴らし、音の調子を整える。
「目覚めの一曲は何がいい? ポップス? バラード? それともヘ・ビ・メ・タ?」
「ううん……ジャズソング」
「おっけーヘビメタね」
響子の意見をガン無視し、謎の契約戦士は大きく息を吸い込むと――
「――Hey、乗ってけ野郎どもおおおお‼」
「……………………、っ――――――――⁈」
突然鳴り響いた轟音と共に、まるで拡声器でも使っているかのような、大きな声が、響子の耳を裂きかけた。
慌てて耳を塞いで飛び起きる響子の目に飛び込んできたのは、目を瞑って自分の世界に浸りながら、ギターをかき鳴らす女の姿だ。
「陰鬱な目覚めを引き裂いて轟音! 見えない今日をまた照らしてよ朝日! いつまで寝てんだ目覚めろ女、さあ顔を洗って立ち上がる時だって――ぐっはああああああああああああああああああああ⁈」
どこから出しているかわからないような重低音の声色で歌う女を、響子は取り敢えず殴って黙らせた。
顔を真正面から殴られた女は、ギターを抱えながら、2,3回地面をバウンドして壁に叩きつけられる。
「ねえ酷くない⁈ 最初の挨拶が顔面パンチだなんてあんまりじゃない⁈」
「朝から何クソうるせえ音出してんだテメエ⁉ つーかテメエ誰だよ‼ 勝手に人ん家入って、ただで済むと思ってんじゃ……って、ここどこだ?」
涙目で顔を抑える女にキレながらも、響子は異変に気が付き、困惑した様子であたりを見まわした。
先ほどまで自分の部屋にいたはずなのに、何故か周囲には、どこかの商店街のような景色が広がっていて、その通路の中心に、自分は佇んでいた。
「言っとくけど、夢じゃないからね」
自分の中に真っ先に浮かんだ推察を先回りされ、響子は改めて女の方へと振り返る。
「てめえ誰だ」
「いやいや、そんな睨まないでよ! 私怪しいものじゃありませんってば!」
「……いや、十分怪しいだろ」
響子は鋭い目で、謎の女を睨みながらも、その女の容姿を観察する。
腰まで伸びたライムグリーンの髪とと、金色の瞳が特徴的な、色白の女性。身長は響子と同じくらい。全体的に細身ながらも、スラっとした高身長。
少女と女性、の中間に位置するような、幼さを残しながらも、大人の魅力を宿した整った顔立ちは、男が見れば思わず感嘆の声を漏らしてしまうほどのものであろう。
ここまでは西洋ファンタジーに登場するような、ただの美少女なのだが、響子がやべえな、と思ったのは、その女の服装だ。
白いシャツの右肩部分が、袈裟懸けに切り取られていたような服を着ていて、その部分から、色白の肩が大胆に露出している。というか乳の3分の1くらいが見えている。もう少し深く切り取れば、見えてはいけない部分が見えてしまうだろう。
そして、その胸部に描かれた、音符のような記号で描かれた魔方陣。響子からすれば、乳を露出させながら、刺青を見せびらかしてくる、破廉恥な不審者そのものだ。学校で見かけたら速攻でお引き取りお願い申し上げる露出狂。
唾の深い羽根つきの帽子や、黒タイツの上から履いた、フリルの可愛らしいチェック柄のミニスカートや、厚底の革製ブーツは、アイドルと吟遊詩人の服装を足して割ったような出で立ちだ。
まあ要するに、響子からすれば、可愛いだけの、乳露出狂のコスプレ女だ。
「私あなたの契約戦士! 【魂音の精霊 ファルモーニ】! ファルモーニちゃん、って呼んでいいよ?」
「お休み」
「ねえ、何で寝るの⁈ 夢じゃないんだって!」
ファルモーニと名乗る女を無視して、響子は再び眠りにつこうと、地面にうつ伏せに寝転がった。
「わかったから! いったん夢でいいから! お願いだから話を聞いてーーーー‼」
自分の体を強く揺さぶりながら、涙声で大声を上げるファルモーニに根負けし、響子は本当にダルそうに、渋々と起き上がって、ファルモーニの話に耳を傾けるのだった。




