呪いのスキャナー
「すいません。こちらの機械とTCGは、当店では取り扱いがなく……」
「……ああ。そうですよね。すいません」
某中古販売・買取店の店員らの報告に、愛想笑いを作りながらも、心の中でため息をこぼす。
朝起きてフリマアプリを確認すると、何故か出品が取り消され、響子のアカウントがバンを喰らっていた。
理由の分からないアカウント制限に苛立ちながらも、それならばと、様々な玩具の買取を行っている店舗に持ち込んだが、どうやら買取はしてもらえないらしい。
「どうすっかなコレ」
そもそも、この謎の端末はそこそこの重量はあるが、USBケーブルの差込口や、電池の挿入口もなく、電子機器かどうかも疑わしくなってきた。
謎のカードデッキも、ゲームタイトルの記載がなく、遊戯王やポケカなど、買い手が付くようなゲームのものではないのは確かだ。
よし、捨てよう。断捨離だ断捨離。
「お、良いのあるじゃん」
渡りに船とは正にこのこと。
響子は市が設置している貴金属類の回収ボックスに、スキャナーを放り込むと、いろいろと買い物をしてから自宅へと帰った。
「……」
そして、家のドアを開けて、言葉を失ったまま買い物袋を落としてしまう。
……お前、さっき捨てたよな?
貴金属回収ボックスに捨てたはずのスキャナーが、無造作に玄関の前に転がっている。
ちょっとだけ埃被った機体や、ほのかにする土の香りから、響子が捨てたものと同一個体だろう。
何これ。呪いのグッズ? 新手のポルターガイスト?
正直言って、響子はオカルトの類が苦手である。幽霊は殴り倒せないからだ。
そのため、自分に纏わりついて来る、謎の端末機器など不気味にしか思わない。
壊すか。よし壊そう。
響子は工具箱を取り出し、金槌を取り出し、机の下に緩衝材を敷くと――
「――フン! ――フン!」
勢いよく、何度も何度もスキャナーに向かって金槌を振り下ろし続けた。
昼下がりのマンションの一室に、凄まじい衝撃音が響き渡る。響子が一撃を繰り出すたびに、窓ガラスがビリビリトと振動した。
馬鹿な。何故私の力をもってして砕けない⁈
瓦40枚程度なら素手で砕けるはずの響子の一撃に、この謎の端末機器は傷一つつかない。
ならばと、金槌を振るう手にさらに力を籠め、無傷の端末機器の破壊を試みるが――
「あ」
先に限界が来たのは、端末を置いていた机の方だ。
4000円弱の木製の折り畳み机が、無残に砕け散る。
「……」
え、ホントに何コレ。どうやって壊すの?
無残に砕け散った机。……の残骸の上に、何食わぬ様子で鎮座する謎の端末。
いやいやいやいや。こわいこわいこわいこわいこわい。
響子は端末を段ボールにしまい、まるでミイラを作るかのように、ガムテープで段ボールをがんじがらめにした。
息を荒くして、押し入れの扉を開き、段ボールを奥へぶち込み、乱暴に扉を閉じる。
「……疲れてんのかな。私」
自分を落ち着かせながら、天井に向かって疲れた様子で呟いた。
最近聖也と豪が一悶着起こして気を張っていたが、そのせいか?
明日休みだしビール飲もう。2本。特別に2本だ。
目の前で起こる奇妙な現象を疲れのせいにして、響子は日の高いうちに、晩酌のメニューを考える。
響子はその晩、今日起こった出来事を無理やり上書きするように、ビールを口にして記憶の忘却に励んだ。
結果的に、その日はビールを3本飲んでしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・
それで、その後無事に日常生活を送れるようになったかというと、そんなことはなかった。
それどころか、むしろ状況が悪化した。
謎の端末は夜中に、どうやってか知らないが押し入れから抜け出すと、響子の腕元にすり寄ってくる。
まるで寂しがりの猫みたいだが、響子からすれば怨霊以外の何物でもない。
夜な夜な忍び寄り、媚びを売るように腕へすり寄る端末を壁に叩きつける。
そんなやり取りを毎晩、約一時間おきに繰り返したため、睡眠時間が確保できていない。
端末とそんなやり取りを繰り広げているうちに、休日は潰れていた。
響子が学校に行くときも、当然のように謎の端末はすり寄ってくる。
月曜日、出勤前に、燃えるごみと一緒にゴミ収集所においてくれば、響子の勤務用の鞄から生ごみの香りと共に顔を出し、
火曜日、出勤前に、道の途中にある公園の砂場に埋めてくれば、鞄の中から、犬の糞尿の混ざった砂利と共に顔を出す。
どうしてそうなるのかは分からないが、この端末は一定距離離れると、自分の傍へワープしてくるらしい。
こんなの呪いのアイテム以外の何だって言うんだ。
精神と睡眠時間を蝕まれ、日に日に響子の体は弱っていった。
「……先生。そこの板書間違ってます」
「……ああ、すまん」
水曜日、響子は見るからにやつれた様子で板書を取っていると、その間違いを聖也に指摘された。指摘した聖也も、響子の疲れを気にしてか、なんだか申し訳なさそうだった。
今朝もわざわざ寄り道をし、河川敷の川に不法投棄を試みたのだが、結果はもちろんダメ。
どんぶらこ、どんぶらこ、と流れていったはずの謎の端末は、生活排水の混じった川の水草と共に、鞄の中にびしょ濡れになりながら鎮座していた。
「先生、体調がすぐれないなら早退したほうが……」
「……大丈夫だ。心配ありがとう」
心配そうな聖也の提案に、響子は小さく首を振る。
いかんいかん。どんなことがあっても、業務に支障を出すのは良くない。
響子が気合を入れ直している間に、授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。
「……テストに出すから、今日の範囲は復習しておくように」
「「「「「「……はい」」」」」」
中途半端なところで授業が終わってしまい、響子が意気消沈した様子で、授業を切り上げる。
そして、教室を後にしようとする響子に――
「先生、今日は持ち物検査しないんですか?」
前の席に座っていた生徒が声をかけた。
「ああそういえば、今日がそうだったか」
本来であれば4限の後は昼休みなのだが、月に1回、抜き打ちで持ち物検査を行うことになっている。
抜き打ちで、とはいうが、持ち物検査がいつ行われるかは、一週間ほど前には職員室の行事予定表に記載されているため、知ろうと思えば誰でも知れる。
当然、今日登校してきた生徒たちは対策済みだ。響子を引き留めたのも、せっかく検査の対策をしたのに、後の日にずらされるのを嫌ってのことなのだろう。
かといって、生徒がそれを指摘するのはいかがなものか。
いつもの響子なら、違和感に気が付き、別な日に実施を改めるぐらいのことはするのだが、今日はそのことに気が付く元気もないらしい。
(……まあ、今日やってくれる分にはありがたい)
聖也は自分の鞄の口を大きく広げて、中を見せる。
聖也はそもそも警戒されていないため。検査の時間も短かった。
見つかってまずいスキャナーは、学校鞄内側の側面に作った、自作の隠しポケットの中に上手く隠してある。
自分の番が終わり、聖也が胸をなでおろしていると――
「……」
豪が顔をこわばらせながら、冷や汗をかいていることに気が付いた。
――え、まさかお前。持ち物検査のこと忘れてた?!
おそらく豪の鞄の中には、スキャナーがそのまま入っているのだろう。
まずい。あれは他人から見たらただの玩具だ。見つかってしまっては説教は確実。最悪没収されてしまうに違いない。
聖也も必死に対策を考えるも、持ち物検査が始まってからでは遅すぎる。
「ほら、鞄開けろ」
そして豪の順番が回ってきて、鞄を開くのを渋る豪に、響子が告げた。
「何だ? そんなに出し渋って。まさかゲーム機でも持ってきたんじゃないだろうな?」
「……」
暫くの葛藤の後、豪は観念したように、ゆっくりと鞄のファスナーを開く。
飛んでくるであろうお叱りの言葉に、豪が身をすくめていた所――
「――――――――――」
「……は⁈ ちょ、先生?! 先生?!」
豪のスキャナーを見た響子が、白目を向いてぶっ倒れた。
予想外のリアクションに、豪を含む周囲の生徒が慌てて響子の元へ寄るも、返事がない。
「きゅ……救急車‼ 救急車だお前ら‼」
豪の声で、聖也が持っていたスマホで救急車を呼び寄せる。
結局響子は救急車で運ばれて早退し、有休を消化して、1日は安静に努めることになった。




