ゼロム・サバイブ
「見てくれは立派になったが、ダメージを与えられなきゃあ、始まらないよなあ⁉」
迫りくるゼロムに向かって、拳を振るうジーク。
その強力な一撃を、ゼロムは華麗な身のこなしで、宙に舞って回避する。
「おらよ!」
空中で身動きが取れないであろう、ゼロムに向かって、ジークがもう一度と攻撃を仕掛ける。
ジークの拳がゼロムに触れる寸前、ゼロムが突然と姿を消した。
「【次元跳躍】」
空中で【次元跳躍】を発動し、ジークの虚を突き懐へ潜る。
そしてその無防備な胴体に向かって、ゼロムは白く輝く薙刀を振るった。
そんな状況でも、ジークは余裕の笑みを崩さない。
何せ、自分の防御力を越えられなければ、どんなに素早い動きで攻撃されようが、意味をなさないからだ。
そして、ゼロムの刃が、ジークを纏う宝石の鎧に触れた時――
「――⁈ いってえええええええええ⁈」
刃がまるで透過したように、鎧を切り裂き、袈裟懸けに斬られたジークの胴体から、大量の心力が溢れ出した。
「「「「え⁈」」」」
その光景に驚いたのはジークだけではなく、聖也たちもだった。
傷口はすぐに、鎧の再生によって塞がってしまったが、ジークにダメージが入ったのは事実。
豪は慌てて、スキャナーを操作し、ゼロムのスキル情報を確認する。
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【次元跳躍】…… 足に溜めているエネルギーを消費して一定距離感を瞬間移動する。3連続で使用可能。30秒ごとに3回分のエネルギーが溜まる。
【見えざる手】…… 右手から発する念力で選んだ対象を手元に引き寄せる。
【ゼロブレイド】…… 如何なる装甲や防御魔法を無視する光の刃を発生させる。このスキルは常に発動させた状態を保つことができる。
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「新しいスキル……!」
驚きの声を上げる豪の元へ駆け寄り、聖也もその内容に驚愕する。
既に習得していた【次元跳躍】と【見えざる手】。その中でも【次元跳躍】が、完全体のリウラと同じレベルまで強化されている。
加え、新たに顕現したスキル【ゼロブレイド】。
如何なる装甲や防御魔法を無視するという、このスキルの性質は――
「リウラの【ゼロフレーム】に似てねえか⁈」
アーサーの声に、聖也もうなずいた。
戦いの前に、リウラは【ゼロフレーム】は習得しきれなかったと言っていたが、習得しきれなかっただけで、その根はしっかりと根付いていたわけだ。
【ゼロフレーム】のような広範囲を制圧する派手さはないが、どんな敵にも確実にダメージを通す、常時発動型のスキル【ゼロブレイド】。
【ゼロフレーム】から派生した、ゼロムだけのオリジナル。
「最高だ、ゼロム!」
【ゼロフレーム】の威力と範囲を失った代わりに、溜めが必要ないという【ゼロブレイド】だけの利点がある。
圧倒的硬さを誇る、ジークの鎧の防御力を無意味にする光の刃。
リウラの明るい声につられて、全員の顔に希望が灯る。
「なんだそのスキルはぁ‼」
初めてダメージを負ったジークが、怒り狂いながら殴りかかってきた。
だが、怒りに任せた攻撃では、動きが素早い上に、【次元跳躍】を持つゼロムは捉えられない。
ゼロムの薙ぎを、ジークは大きく身を引いて躱そうとするが――
「【見えざる手】」
「――⁈」
ゼロムが人差し指と中指を揃え、クイッと何かを引っ張る動作をすると、ジークの体がゼロムの方へ引き寄せられた。
刃の通り道に、無理やり引き寄せられたジークの体を、再び【ゼロブレイド】の刃が切り裂いた。
「グアアアアッ⁉ ……お前……! それ、止めろ……!」
戦えてる。
ダメージが通るようになったことで、今まで無意味になっていた、近距離用のスキルたちが息を吹き返す。
「豪、あいつの残りのスキル教えてくれ!」
「わかった!」
ジークの意識がゼロムに向いているうちに、豪は【魔鎧鉱人】と【爆破鎧鉱石】のスキルについて、手短に説明した。
「……豪、ここを任せていいかな?」
「え?」
「ちょっとやることができたんだ。今の君なら大丈夫」
聖也は豪の背中を一度だけ叩いて、真っすぐと豪に向かって頷いた。
その眼差しを見て、豪も真っすぐと聖也に頷き返した。
「多分だけど、戦況が膠着する時がくる。【通話】のカード持ってたろ。その時が来たら僕に連絡を頂戴」
「……了解」
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【魔法・通話】…… 一定範囲のプレイヤーを指定して、通話ができる。……UCR
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その時、が何を指すのかはわからないが、聖也の言うことだ。その時が来ればわかるのだろう。
「あと、多分【魔鎧鉱人】は、完全無敵になるスキルじゃない」
「え?」
「豪ならわかるはず。僕はもう行くね」
そう言い残して、聖也はリウラと共に、【次元跳躍】で何処かへ去ってしまった。
完全無敵じゃないって、どういう意味だ。
思考を巡らしながらも、豪はアーサーに肩を貸し、その体を無理やり起こす。
「立てるか?」
「……立ってるだけなら」
「それだけでいい。俺たちを守るふりして、俺の体を隠してくれないか」
とにかく、聖也が何か考えてることには違いない。今自分がすべきことは、その企みを悟らせないこと。
アーサーが那由多たちの前で盾を構える後ろで、豪はカードの使用がジークに見えないよう、不自然に思われない程度に姿を隠した。
「これならどうだ⁈」
ゼロムの【ゼロブレイド】を嫌ったジークが、【隔娄界門】をゼロムの進行上に発生させ、武器奪いを試み始める。
そして、ゼロムがその渦を潜ってしまい――
「……!」
ジークの手元に発生した、もう一方の【隔娄界門】から、ゼロムの武器が吐き出された。
脅威を取り除けたと思ったジークが、ようやく安堵の笑みを浮かべるが――
「甘い」
ジークの手に薙刀が渡る寸前、ゼロムが【見えざる手】で武器を手元に引き寄せる。
「グアアアアアア?!」
そして武器を奪ったと油断したジークに斬撃を浴びせ、再びジークの体から心力が溢れ出した。
「上手い!」
武器を奪ったという、敵の心理を利用した一連のプレー。
ゼロムの攻勢に結たちが沸き立つ中、豪は一人冷静に、今の場面に感じた違和感の正体を探っていた。
(あいつ今、なんであんな甘えた位置に【隔娄界門】を出した?)
そもそも、武器を奪うなら、武器の吐きだし先を、【見えざる手】で奪われないよう、もっと遠くの位置に設定すれば、攻撃を喰らう場面じゃなかったはずだ。
もちろん、突然のゼロムの覚醒に、【見えざる手】という選択が抜け落ちていたのもあるだろうが、それを抜きにしても、狡猾なジークが、そんな甘えだけで攻撃を喰らうとは思えない。
(――! もしかしてあいつ!)
遠くには、瞬間的に【隔娄界門】を発生させることはできないのか⁈
狙撃銃で狙ってきたときは、いとも簡単に【隔娄界門】を発生させているように見えたが、よく考えれば、【隔娄界門】の発生までに、5~10秒ほどの間隔があった。
連射のできない、 狙撃銃故の間隔だと思っていたが、【隔娄界門】発生に必要な時間でもあったのか?
そもそも、安全圏から狙撃するだけの状況と違い、攻撃が通るようになり、素早いゼロムの攻撃を、ワープも警戒しながら捌かなければならない状況では、【隔娄界門】の調整に割ける意識も段違いに少ないだろう。
ゼロムも【次元跳躍】をするための心力量の調整に苦労していたように、【隔娄界門】も、発生位置の調整が難しいスキルなら――
(あいつの意識を乱せれば、ゼロムがもっと戦いやすくなるかも……!)
ジークの邪魔さえできれば、【隔娄界門】の精度を下げられるかもしれない。
でも、どうやって意識を乱す?
あいつに魔法は聞かないし、自分たちの持つ攻撃手段の中で、【魔鎧鉱人】の鎧を貫けるものは存在しない。
思考にふける豪の頭を、聖也の言葉が過った。
――多分【魔鎧鉱人】は、完全無敵になるスキルじゃない。
あの言葉はどういう意味だ? 聖也のことだから、何か思う部分があったんだろう。
大丈夫だ。何かある。【魔鎧鉱人】の情報を思い出せ。
過去の記憶をたどっていく中、豪はジークが吐いた言葉を思い出した。
――【魔鎧鉱人】の鎧は、どんな魔法攻撃も弾き返す! ちゃんと肉弾戦で戦ってくださいね~
そうだ、なんでこんな簡単なことに気が付かなかったんだ。
「ナユポン! 【感電矢】だ!」
「え⁈ あいつには効かないんじゃ……!」
「目だ! 目を狙え! そこだけ鎧に覆われてない!」
「――⁈ チィッ!」
魔法攻撃を鎧が弾くなら、鎧に覆われていない個所を狙えばいい。
体のほとんどを鎧で覆われているジークだが、唯一鎧で包まれていない目に、那由多が【感電矢】のカードをスキャンして狙いを定める。
「撃ってみろやあ! 前みたいに【隔娄界門】でテメエの馬鹿面に跳ね返してやるよお‼」
「ぐ……!」
過去の苦い体験が蘇り、矢を放てない那由多を、「撃たなくていい」と豪が落ち着かせる。
「お前、今までの様子から察するに、【隔娄界門】を2個以上作れないだろ? ゼロムの武器を奪うか、矢を反射するか、よ~く考えてもらおうか」
「この雑魚……‼」
【隔娄界門】を2つ以上発生させられるなら、そもそも狙撃戦の段階で、ダミーのゲートを発生させ、発射口を絞らせないなどの工夫ができたはず。
それをしてこなかったということは、【隔娄界門】は2つ以上生成できないということ。
魔法による遠距離が有効になった以上、ジークもゼロムだけに意識を割くわけにはいかなくなった。
那由多の遠距離攻撃を警戒しながら、ゼロムとの接近戦を捌かなければならない。那由多が弓で狙いを定めるだけで、鬱陶しいことこの上ないだろう。
今まで散々馬鹿してきた豪に、戦いの主導権を握られていることに気が付き、ジークが屈辱的に表情を歪ませた。
そして、その状況に耐えかねたジークが、
「ああああああああ! ウゼエウゼエウゼエ‼」
近くにまとわり続けるゼロムを、【爆破鎧鉱石】の爆風で追い払った。
「結局近くでしか攻撃できねえなら、【爆破鎧鉱石】を攻略する方法はねえだろうが‼」
「ぐ……!」
間一髪爆発を回避したゼロムが、悔しそうに唸る。
ゼロムがジークから距離をとる一方で、ジークもゼロムを警戒して、その場で身動きが取れなくなってしまった。
近距離になれば【爆破鎧鉱石】の全方位カウンターをゼロムが喰らう一方で、ジークも瞬間移動を持つゼロムに対して、下手にアクションを起こすことができない。
ゼロムが接近戦を仕掛けられない以上、【隔娄界門】で跳ね返される危険性のある遠距離攻撃を、那由多も仕掛けることができない。
これか。聖也の言っていた膠着状態ってのは。
両者が睨みを利かせている中、豪はアーサーの背に隠れ、【通話】のカードを使って、辺りにいるプレイヤーを探索した。
そして、今いるマンションの真横のビルで待機している、1人のプレイヤーを選択し、連絡を開始する。
『……困ってるね、豪』
「おうよ。絶賛膠着中」
通話に応答した聖也の声に、豪が思わず笑みを浮かべた。
「打ち破る策はあるんだろうな? ヒーロー様」
『当然だ。弟子にだけかっこいいマネ、させられないよなあ、リウラ?』
『ああ。師として、素晴らしい弟子に模範を示さなければなるまい』
これでチェックメイトと行こうじゃないか。
自信たっぷりの聖也たちの声色に、豪はニヤリと笑うと、聖也から授かった作戦を、ゼロム耳打ちした。




