笑われても貫き通すのが努力
「じゃあ、今日もログイン先で!」
放課後、聖也は結に手を振って、足早に学校を後にした。
次の戦いまで、とにかく時間が足りない。一刻でも早く家に帰って、家事を済ませてゼロムの特訓に付き合うつもりなのだろう。
そんな二人のやり取りを遠目で見つめて、豪はげた箱から靴を取り出す。
帰りがながら校庭を眺めると、練習に勤しむサッカー部の姿が見えた。
かつて自分が所属していた部活。
事あるごとにプロサッカー選手である兄と比較されて、居心地が悪くなって辞めたっけ。
自分なりに努力はしたつもりだった。兄貴がこなしていた練習メニューを、倍の量やり込んだ。
それでも兄貴のようになれなくて、同じ道をなぞったせいで、比較の目が激しくなって。
とどめがサッカー素人であるはずの聖也に、運動交流会でボコボコにされたこと。
自分の全てを俯瞰して見てくるような、聖也の冷たい目線が、今でも夢に見ることがある。
少しのプレーで、全ての動きを読み切られて、成す術もなく制圧された。
その時聖也が、何を考えてプレーしていたのかはわからない。
ただ、思い知らされた。自分とコイツは同じ次元で生きてはいないのだと。特別な人間とはコイツみたいな奴のことをいうのだと。
そして、自分はそういう人間になれないのだと。
誰よりも努力をしている自覚はあった。だからこそ、敗北の味が人一倍苦く感じた。
そんな物思いにふけりながら、歩いていると――
「アウ……!」
自分のカバンにしまっていたスキャナーからゼロムが実体化し、スキャナーを取り出し、勝手にログインのボタンを押そうとする。
「止めとけよ……」
ゼロムがボタンを押そうとする手を、豪が制した。
「聖也から戦い方習うんだろ。聖也の契約戦士からスキル習うんだろ。……無意味だよ。特別な奴らのまねごとしたって、そいつらみたいには成れやしないんだよ」
「……?」
「俺がそうだった。特別な存在になりたくて、馬鹿みたいに努力してさ。これっぽっちも実らなかった。結局さ、才能がいるんだよ。何か大きなことを成し遂げるには」
「……」
豪はゼロムの手を掴みながらも、ゼロムを見ようとはしなかった。目元を伏せて、自分に言い聞かせるように、言葉を吐き続ける。
「どんなに頑張っても、お前じゃまたジークってやつに笑いものにされるだけだ。……だからやめろ。あいつらの時間を使わせるな。……ちゃんと考えようぜ。二人で、身の丈に合ったゲームでの生き残り方を」
どんなに頑張っても報われなかったこと。頑張っても頑張っても、笑われたり、比較されたりするだけで、時間を浪費しただけだったこと。
苦い思い出を思い出しながら、つづった言葉は、最後の方には震えていた。
そんな自分の様子を気の毒に思ったのか、ゼロムが肩に、ポンと手を置いた。
……あんだけ酷いこと言ったのに、俺のこと気にかけてくれるんだ。
豪がそう思って、顔を上げたところ――
「バカ……ナノカ?」
「…………ん?」
突然の罵声に、頭がフリーズする。
今、誰がしゃべった? バカ……? 馬鹿?
どこかで聞き覚えのあるような、かすれた謎の声に突如暴言を吐かれ、豪は混乱しながらも、周囲を見渡した。
「バカ、ナノカ?」
ゼロムに足を力強く蹴られ、ようやく、声の主がゼロムであると認識する。
「はあっ⁈ お前、喋れたのかよ⁈」
「……ナン、カ。シャベレタ」
確かに、心力とかいうエネルギーを摂取できれば、いずれ喋れるようになるとは言っていたが、こんなに早く成長するものなのか。
だとしても、第一声が馬鹿ってなんだ。馬鹿って。
一応の主であるはずの、自分への悪態に、しおらしい顔から転じて、眉間にしわを寄せ、ぴくぴくと頬を引きつらせる。
「ヤルキナイナラ、スッコンデロ。イッショウブザマ、サラシテイキテロ、ゴミカス」
「…………」
言葉を得た瞬間、湯水のごとく溢れ出てくる罵詈雑言に、豪がキレた。
「てめえ‼ 人がしおらしく引き留めてやってんのに、なんだその言い草は‼」
「ソノママ、ウジウジシテロ、ウジムシ……‼」
「……好き放題言いやがって! 凡才は凡才らしく、大人しくしていようって、有難いアドバイスしてやってるってのに!」
「オマエト、イッショニスルナ‼」
「じゃあテメエは、応えられるのか⁈」
より一層、大きくなった豪の声に、ゼロムが一瞬だけ怯んだ。
「ジークを倒すっていうあいつらの期待に応えられんのか⁈ 頑張れば強くなれる保証がどこにある⁈ 自分の中に才能があるっていう保証は?! 気持ちだけで結果を残せるほど、テメエも俺もできた存在じゃねえだろうが‼」
「キタイモホショウモ、カンケイナイ‼」
豪の強い語勢に負けじと、ゼロムが声を張り上げて返した。
「カツタメニシュギョウスルンダ……! カテナイナラガンバレナイ、オマエハゴミカスダ……! ナシトゲルイシヨリ、ナセルリユウデウゴク、オマエハオロカモノダ……!」
ゼロムの言葉に、今度は豪が返す言葉を失った。
平手打ちを喰らった気分だった。
今まで感じていたはずの怒りが、ゼロムの言葉に吹き飛ばされた。
呆然とする豪に向かって、ゼロムが立て続けに叫ぶ。
「ダレカニワラワレテモ、ツラヌキトオスノガ、ドリョク! タニンノメデシカ、ジブンヲハカレナイ、ゴミカスガオレノジャマヲスルナ‼」
かすれた声で力強く宣言し、ゼロムは豪の股間を蹴る。
「ガッ⁈」
痛みで行動の自由を奪われているうちに、ゼロムがスキャナーのログインボタンを押し、許可を得ないままログインする。
視界が一瞬スパークしたかと思うと、気が付いたときには、聖也たちが待つであろう特訓場所――【召喚都市・昼】に飛ばされていた。
「アバヨ。タマナシ」
玉を蹴っておいて、タマナシってなんだ。
豪は痛みに悶えながら、自分に悪態をついて走り去る、ゼロムの背中を見送った。
小さく、戦士としては頼りないはずのゼロムの背中が、なぜか力強く、大きなものに見えた。
勝てないなら頑張れない、お前はゴミカスだ。
成し遂げる意志より、成せる理由で動くお前は愚か者だ。
ゼロムの言葉が頭をよぎる。
勝つってなんだ?
誰かに認められようと頑張ってたのは確かだ。
でも、誰かって、誰だった?。
今までの自分の努力を思い出しながらも、何のための努力だったのか、自分でも思い出せない。
笑われても、貫き通すのが努力。
ゼロムの言葉が、再び豪の胸を刺す。
いつから俺は、笑われないためだけの努力をしていたんだろう。
頑張って無理だからしょうがないだなんて、いつから自分に理由付けをするための努力をしていたんだろう。
頑張るために頑張っていた。
だけどそれだけだった。
いつか自分のためになるかも、なんて都合のいい未来に逃げながら、方向性のない努力に溺れていただけだ。
実るはずがなかったんだ。自分の中に、ゴールも軸も何も無かったんだから。
自分の努力の源は、今では顔も思い出せないような他人だった。
自分はただの見栄っ張りだったんだ。
そんな思いが胸の中に渦巻いたとき、思い出したのは、結が太陽のような微笑みと共に放った、聖也への言葉。
――今の聖也は強いし、かっこいいよ。
きっと今の聖也にはあるんだ、どんな時でも、自分を支えてくれる、自分の意志が。
だから、勝てる勝てないじゃなく、ジークに立ち向かうことができる。できる出来ないじゃなく、困難に挑むことができる。
自分はどうだった?
「俺、ダサすぎかよ……」
自然にあふれてきた涙を、拭うことはしなかった。
よくは分からないけど、今は心から溢れ出る情けなさに向き合っていたかった。
自分が今まで逃げてきたものに、逃げないでいたかった。
このまま俺はどうすればいいだろう。
豪は、もう誰の姿も見えない、ゼロムが通った道へ、ゆっくりと顔を上げる。
何をしていいかはわからない。
だけど、何もしないのだけはダメだ。
カッコ悪くても、ダサくても、変わるためには動かないと。
行く当てのない豪は、涙を拭って。
小さな歩幅で、それでも力強い足取りで。
自分よりも弱くて、ずっと強い戦士――ゼロムの通った道をたどった。




