ゼロムをプロデュース
「リウラの記憶が貰えるなら、是非とも貰いたい所だけど……」
ゼロムの提案を喜びつつも、聖也は横目でラクナの様子を伺った。
ラクナは静かに、横に首を振る。ダメだ。という意味だろう。
どんなリスクがあるのか教えてはくれないが、ラクナは他人の記憶を使っての復活に否定的だ。
「ねえリウラ、どうすれば……」
この提案にどう返せばよいのか。
記憶を失った、当の本人に相談を持ち掛けたところで――
「「「「「「あ」」」」」」
「――なっ⁈」
リウラの許可を得るよりも先に、ゼロムがリウラを持ち上げ、額と額をくっつけた。
自分の記憶を心力に混ぜて、リウラの頭へと流しこむ。
その様子を見たラクナが、珍しく取り乱した様子で、ゼロムとリウラを無理やり剥がした。
「何をしてるんです⁈」
焦燥感を顕わにラクナが叱りつけるが、ゼロムは何が悪いのか、と言いたげな様子で首をかしげる。
「リウラ! 体の変化は⁈」
「……いや、特には。少しだけ昔を思い出したが」
リウラは頭と足だけの姿のまま、変化はない。
その様子を見て安心したのか、気疲れしたのか。ラクナが大きく息を吐きながら膝をついた。
「……っ‼」
「痛い痛い! なんで僕を叩くのさ⁈」
そして、リウラのパートナーである聖也をバシバシと叩き、八つ当たりを始める。
聖也からすれば、完全にとばっちりだ。
「ともかく聖也。これでお前はゼロムに稽古をつけなくてはならなくなったぞ」
「何で⁈ 体戻ってないのに⁈」
「取引の条件は、俺の記憶を貰うことだからな。少しでも記憶を貰った以上、約束は果たさなねばなるまい」
リウラの体が戻らなかった以上、ゼロムに稽古をつけるというのは、聖也にとってはただ働き同然だ。
そもそも、自分が稽古をつけたとして、あのジークたちのコンビに勝てるようになるとは思えない。
そんな聖也の考えを読み取ったように、リウラがにやりと笑う。
「安心しろ。お前だけに稽古を頼むわけではない。俺たちも、ゼロムの成長の手伝いをするつもりだ」
俺たち、というワードに、アーサーとラクナがピクリと反応した。
「どういうこと?」
「プロデュースというやつだ! ここにいる全員で、ゼロムを次の戦いまでに、1人前の戦士に育て上げようではないか!」
「「「「ええっ⁈」」」」
どうやらリウラはここにいる全員を巻き込むつもりらしい。
結や那由多が驚きの声を上げる一方で、アーサーやラクナは、また馬鹿が馬鹿なことを言い始めたと言わんばかりに、砂を噛んだような顔になる。
「リウラ……次の戦いって言っても……」
結がスキャナーを見て、次の戦いまでのカウントダウンを確認する。
「次の戦いまで、あと10日ぐらいしかないよ?」
「……そもそも、こいつスキルも何も持っていないんだろ? そんな奴をどうやっていっちょ前の戦士に育てるんだよ?」
「スキルがないなら、教えればいいではないか」
アーサーの質問に、リウラが得意げに返した。
「【次元跳躍】、【見えざる手】、そして【ゼロフレーム】。俺の自慢のスキルをゼロムには覚えてもらう」
「そんなこと出来るの?」
この手の疑問は、リウラに聞くよりも、ラクナに確かめた方が確実だ。
聖也がラクナの方を見ると、ラクナは額に手を当てながら、難しそうな表情で唸っていた。
真っ先に否定にかからないということは、不可能ではないということだろうか。
「アウアウ……!」
悩んでいる聖也たちを煽るように、ゼロムが武器を片手に、聖也の袖を引っ張ってくる。少なくともゼロムは相当やる気らしい。
少なくとも、ログインしてカードを探す以外に、次のジーク戦までに戦力の底上げはできない。
ならば、ゼロムという戦士の成長にかけて、集中的に特訓を行うのも、新たな戦力を得るための選択肢としてはありではある。
「……ねえ。ゼロム君がもし強くなったら、次の戦いで力を貸してくれる?」
結の質問に、ゼロムがコクコクと首を縦に振る。
主である豪の説得という課題はあるものの、ゼロム自身は協力的だ。リウラのスキルを身に着け、力になってくれるとすれば心強い。
「……しょうがないですね」
意外にも、一番早くに根を上げたのはラクナだった。
「私が最も効率の良い特訓のカリキュラムを組みます。……あなたには特に頑張ってもらいますよ。成神聖也」
「え。いや、いいけど……いいの?」
今まで一番非協力的だったラクナの提案。
聖也がラクナを見上げると、ラクナは「しょうがないでしょう」とため息をつく。
「私は次の戦い、力にはなれませんから。今できることはしてあげますよ」
「ラクナ……」
自分の能力と、ジークの能力の相性の悪さには気が付いているらしい。
力になれない申し訳なさが、ラクナを動かしたのか。
いずれにせよ、このようなカリキュラムを組ませるとしたら、ラクナが一番の適任だろう。ここは素直に、その気持ちに甘えることにする。
「それじゃあお願いするよ」
「組むからには、完璧なスケジュールを組んでみせましょう」
そういうとラクナはほんの少しだけ微笑んで、目元のゴーグルをクイッと持ち上げた。
ラクナは6本の腕で、ゼロム、リウラ、アーサーを手招きで呼び寄せると、河川敷の砂地に円グラフを描いて、詳細な特訓のスケジュールの作成を始めた。
「スキルを教えるのは、実戦形式を適度に交えながらでいきましょう」
「聖也の休憩時間に、俺がスキルを教えればいいのか」
「俺は肉体が成長できるよう、心力の供給と、体づくりの手伝いね」
「アウ……!」
ゼロムはリウラたちの世界の住人。その育成方法については、リウラたちに議論させたほうが早いだろう。
ひとまず、今後の方針が、希望見える方向にまとまってよかった。
真剣に議論を重ねるラクナたちを見て、安心した表情で聖也たちは互いを見つめあった。適当な地面に腰を掛けて、議論の行く末を見守ることにする。
この場はリウラたちに任せておけば大丈夫だろう。
「……わかってはいたけど、やっぱ時間が足りねえよな?」
「聖也の睡眠時間を0にすればどうにかならないか?」
「学校も休ませればどうにかなりそうですね。削れるものはガンガン削りましょう」
「アウアウ!」
「ちょっと待てお前ら⁉」
前言撤回。このままこいつらを放置すると、生活を破壊されかねない。
結局聖也もディスカッションに参加し、最低限の休養と、学校生活を確保させ、特訓のスケジュールはまとまった。
そして、その日の夜から、ゼロムを一人前の戦士に育てるための、地獄の特訓がスタートしたのだった。




