闘技場 ラウンド3
観客席から、飛び交う怒号をききながら
俺は闘技場の土の上に、座り込む
勝ち抜き戦である以上、次の闘いがすぐ始まる
立会人に、武器の変更と盾を持ってきたいと告げる
立会人はすぐ指示を飛ばし、控室から俺の要求した武器と盾を準備してくれた
片手剣と小さめの盾である
この片手剣にも軽い細工がしており、ある方向から叩くとすぐ折れる
立会人から渡させた布切れで、顔に着いた血を拭う
毒霧はあと二つ仕込んである
貴重な休憩時間を過ごしていると、司会の男の声が響き渡る
「 さあ若獅子の仇を取るべく挑む次峰はっ!【双剣の舞姫】メリアだっ! 」
「「「「 うおおおお!! 」」」」
観客席が異様な雰囲気で盛り上がる
拳を振り上げ叫ぶ輩も多くみられた
「 なんだあ?舞姫って女かよ…参ったな… 」
俺は女性と闘う事に少し戸惑いを覚える
悪役レスラーをしていた時には、試合上やり合ったり、技をかけたりはしていたが
試合を組まれた事は無かった
異常な盛り上がりを見せる観客席からの
「 メリア! メリア! 」
湧きおこる名を呼ぶ声に応えて、入場門から女が姿を現す
「 こいつは、また…別嬪さんだな… 」
入場門から現れたメリアと呼ばれた彼女は
艶やかな黒髪を後ろに束ね、切れ長の瞳でこちらを睨んでいる
美人程怒った顔は怖いってのも頷けんな…
無駄な肉が付いてない見事な身体、
艶やかな黒髪と切れ長な瞳、日本にいたら充分トップモデルとして活躍できそうな美貌だった
その美貌に似つかわしく無いのが、両の手に握られたショートソード
見事な身体を守るのは、軽装の皮鎧
精悍な美貌と相まって、機敏な肉食獣を思わせる
彼女はゆっくりと進み出て、俺の前に立ち、俺を見上げて睨みつける
「 若獅子によくも恥を掻かせてくれたわね、仇は取らせてもらうわ 」
今にも噛みついてきそうな、顔つきで宣言する
「 怖いねえ…別嬪さんは怒らせない事にしてたんだが…あんたの彼氏だったか? 」
肩を竦めながら続ける
「 二-三日したら使える様になるから、それまで我慢しとくれな、加減はしたから 」
苦笑する俺に、メリアは最初何を言われてるのか意味が解らなかった様だが
少しして意味を理解した用で、顔を真っ赤にしてさらに噛み付いてきた
「 違うわよっ! 仲間としての仇よっ! 恋人じゃないわよ! 」
「 なんでえ…違うのか、じゃあ謝って損したな… 」
「 なんですってえっ! 」
更に、顔を紅潮させ怒るメリアを見て、苦笑する
(どうしてこの国の奴は、沸点低いんだろうな…こりゃ武神さんがいってた事も本当なのかね…)
キョウジがこの世界に来るきっかけになったのが
この世界の武の神と交流を持ったためだった
「 それではお互いに準備はいいかい? 」
立会人の言葉に、我に返る
「 いいぜえ 」
「 すぐに仇をとってみせるわっ! 」
「 ではーーーーーーー始めっ! 」
その言葉と同時にメリアが踏み込んでくる
(速いな!こいつもせっかちだな…)
繰り広げられる二本のショートソードは、まさに暴風の様に
キョウジに向けて吹き荒れる
ーー腹かっ!ちっ首とかえげつないとこ攻めて来るなーー
次々迫る剣戟を盾で受け、身をずらし避ける
盾には衝撃が何度も走り、じりじりと押しこまれる
「 よく受けているわ!汚いだけじゃないってのは認めてあげるっ!でもまだまだよっ! 」
メリアはそう言うと更に、速度を一段上げて来た
(ちぃ!さらに加速かよっ!)
盾で捌ききれず、腿の辺りに痛みが走る
俺は、姿勢を少し崩したが、逆にメリアはその隙に食いついてこず
距離を開けた
「 若獅子の二の舞はしないわ、確実に仕留めるまではねっ! 」
構え直し、呼吸を整え、また襲いかかってくる
(この別嬪さんは、甘くねえか…しかし、こいつは厳しい)
心の中で愚痴りながら、双剣を捌く
防戦一方になっている俺に
観客席は大いに盛り上がる、先程の若獅子戦で、汚い手段で勝った男が
正義の舞姫に倒されるーーーーいい台本だな
ふふんっと上機嫌で、盾の影で笑う
盾には、鋭い剣戟が叩きつけられている
(まあでも…一回は舞姫さんのピンチも演出しなきゃな…手加減は厳しいけどな…)
厳しい闘い、それは勝つのが難しい訳ではない
手加減をした上で、勝利を譲るのが厳しいーー俺はそう思ったのだ
右手に握った片手剣を、メリアに向けて突く
舞姫と呼ばれるだけあって、見事な回避動作で、それを避ける
同時にこちらに、剣戟を繰り出してくる
胸を撃つ衝撃に、後方によろけると
今度はメリアは、猛然と襲いかかってきた
ーー右腕ー左脚と続けて衝撃が走る
ーーー効かねえなあーーー
俺は武神さんとやらに、特別なもんをもらったからなーーー
突っ込んできたメリアに盾を叩きつける
「 きゃあっ! 」
盾に鈍い衝撃が走り、メリアが二m程後ろに飛ばされる
衝撃で態勢を崩しているメリアに、片手剣を振り下ろす
「 くらわないわよっ!そんな遅い攻撃っ! 」
メリアは、こちらにむけて、地面を転がりながら避け
逆に足に斬りつけて来る
(ここからは、少し俺の番だぜ?!盛り上げようや!)
零距離まで近ずいたメリアに覆いかぶさる様に掴む
「 なっ!速いっ! 避けらーーーきゃあ! 」
牛ってのはな、鈍重に見えて、一瞬の加速は凄いんだぜ?!
腰の辺りのベルトを右手で掴んで一気に引き上げる
「 きゃああああああっ! 」
案外可愛い声も出すもんなんだな…
顔の高さまで引き上げた、メリアに左手を添えて
メリアの身体をひっくり返す
メリアの頭を下に、抱きかかえている様な状態になる
「 いくぜっ!耐えろよ!舞姫っ!」
俺は、メリアを抱えたまま飛び上がり、体をひねる
パワースラム
ロープから帰って来た相手を投げるスタイルが一般的だが、こういう形もある
「 きゃあああ! ぎゃっ! 」
地響きの様な重低音を立てて、二人が地面に叩きつけられる
メリアの頭は、叩きつけられない様に角度は変えてある
体重は少し技に乗ってしまったが、手加減は充分だ、
速度も殺しておいたーーーーー
「 しまったーーーここの闘技場の地面は土だったか… 」
俺は、ゆっくりと起き上がりながら
地面で気絶しているメリアを見下ろす
ガゼッタの闘技場は、表層は砂で覆われていて投げ技の威力が落ちる
ガゼッタでは格闘戦の闘技もあるため、闘技者の保護のための物だった
いかしここはティダリアの闘技場、武器による闘技が主流で
足場が悪くなる砂なんて使わない
「 別嬪さんを捕まえるのに気を使いすぎて忘れちまってた…ごめんなお嬢ちゃん 」
小声で謝るが、メリアは完全に伸びてしまっていた
闘技場は、今起きた衝撃に鎮まり返っていた
「 なんだ?!あれは…舞姫が一撃… 」
「 今のは技なのか?! 力でぶんなげただけじゃなくて… 」
若獅子の時とは違い、戸惑いの空気で騒然としてくる
「 悪役が、技で仕留めてどうすんだよ… 」
俺は、顔をしかめながら、左手の手首をそっと撫ぜる
悪役セットの出番がなかったじゃねえか…
「 勝者 キョウジ! 」
嬉しかあねえよ…悪役が仕事を差して貰えなかった
この嬢ちゃんの勝ちみたいなもんだ
気絶しているメリアを見下ろしながら
一人そっと呟く




