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満月の夜

作者: 柳瀬七海

真っ白なワンピースを身に纏い、耳を澄ませる。

聞こえるのは、静かな波の音、水面を走る風の音、そして私の鼓動。

長い歳月波に浸食され、いびつな形をした岩。


ばっちゃんが子供の頃は、ここがもっと出っ張ってたんだけんどな。

幼い頃何度も聞かされた。

愛おしそうに大岩を撫でながら、ばっちゃんはおとぎ話を話だす。

私の記憶にあるばっちゃんは、一緒の家に住んでいたのに、この場所で岩を撫でるばっちゃんばかり。

幼なかった私は

「もう何回も聞いたー」とそっぽを向いて小さなカニ探しに夢中になる。

ばっちゃんの話は聞き飽きた。だっていつも同じ話ばかりするから。

私はカニが獲りたくて仕方がなかった。

今だったら、何の苦もなく何度だってばっちゃんの同じ話を聞けるのに。

子供ってある意味残酷なのかもしれない。

何度も聞かされたと思っていたおとぎ話、冒頭しか覚えていないのだから。


私の身体を風がすり抜けた。

身体に巻き付けた右手を剥がして、頬に貼りついた髪の毛を後ろになびかせる。

ここに来たのはそれほど前では無いはずなのに、もう髪が塩でべとついていた。

さっきの風で舌の上に少しだけのった砂。吐きだす事なくゆっくりと歯で噛んでみた。

ジャリっという音が頭の中から響いてくるよう。

夏と言えど太陽が地球の反対を照らす今。海岸をさらうように吹く風は少しひんやりとしていて。街頭も何もない真っ暗な闇を照らすのは、あと数日で満月を迎えるこの月だけ。


深い闇にその柚子のような怪しく光る月は良く映えて。水面に映るその月は、波に漂い歪んでいる。

こんな日だったら、あの話の続きを知る事が出来るかもしれない。


何度も聞いたはずのばっちゃんの話。


まだか まだか 満月はまだか

いねえか いねえか うまか獲物はいねえのか


海には魔物が住んでいる。満月の夜は何処からともなく現れて人を攫っていくのだと。



あの人が満月の夜、漁に出てから半年が経った。


魔物よ出てきて そして私に教えて欲しい あの人が何処に行ったのか


私も連れて行って欲しい あの人のところへ


ばっちゃんの話の続きが思い出せない。

誰に聞いても首を振るばかり。


水面に映る歪んだ月は、別の世界へといざなう入り口かもしれない。

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― 新着の感想 ―
[一言] 幻想的な雰囲気が、とても素敵でした。 これからもがんばってください。
2010/05/15 18:33 退会済み
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