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…………………………




 フランシスはとある場所に来ていた。

 薄暗く何もかもが淀んでいて、希望のない場所。


 死刑囚の監獄だ。

 こつりこつりと踵の音が濡れた石畳に響く。

 足音はとある檻の前で止まった。


「お久しぶりです。お元気ですか? ……まだ生きてはいるようですね」


「あ……」


 騎士は檻の中の人物に微笑んだ。

 その顔には爽やかさなどなく、侮蔑と憎悪で笑みが形作られているだけだった。

 ダーリーンは身震いする。


 今日は殺し屋から依頼の達成を聞く約束の期日だ。

 しかし訪れたのがイヴェットの側にいた騎士……フランシスだということは。

 ダーリーンは青ざめる。


「あなたの企みは失敗に終わりましたよ」


 表面上はたいそう穏やかだ。

 淑女が思わずうっとりとしそうな優しい声音でダーリーンに告げる


「あなたの雇った男は全てを白状しました。懇意にしていたヒンズリーも今は国家反逆罪で口に出すのも恐ろしいめにあっています。可哀そうですね。まああなたも同じようなものですが」


 地下牢の冷えた鉄より冷たい声。


「……あの女の騎士様がこんなところになんの用よ」


「用はありませんでした。彼女の望む通り神意に基づいて裁かれる事をよしとしていましたよ。……ですが私が大切に思っている彼女を一度ならず二度までも殺そうとしたなんて、許せるはずがありませんよね?」


「はあ?」


「今日は少々、地獄行きの道に変更があったことをお伝えしにきたんですよ」


 ダーリーンは思わずフランシスを見た。

 言っている事の意味が分からなかったのだ。


(死刑が変更された?)


 思わず口角が上がる。

 何があったかは分からないが、死刑を免れたのであればイヴェットを殺すチャンスはまだある。


「出してくれるのかい!? はっ、騎士団長様もお人が悪いねえ。だったら早く行ってくれればいいものの!」


 ダーリーンは立ち上がって鉄格子にしがみついた。早く出せとただ一つの出入り口を揺らす。


「ああ、勘違いさせてしまったかもしれませんね」


 くすくすとフランシスは軽蔑するように笑う。


「拷問ののち、通りを歩いて頂きます。さあ国民は悲劇の淑女を貶めた人間に何をするんでしょうね。そのあと死刑ですよ。死体は晒します。地獄行きは確実ですね。あなたに尊厳はありません」


「なっ……!」


 ダーリーンの顔が絶望に染まった。

 死刑囚でも基本的には死後の審判を受けられるように弔われる。

 しかし死体が晒され安寧が得られないのであれば審判もなしに地獄行きだ。

 教義にはそう書いてあり、一般的な信徒であるダーリーンにとってはなにより恐ろしいことであった。

 フランシスは嬉しそうににっこりと笑う。


「ご安心ください。この責め苦はあなただけです。本当は他の方も同じようにしたかったのですが、それでは彼女を非難する人も出かねない。まあ『向こう』で仲良くしていてください」


 例えば、もしヘクターがイヴェットに無体を働いていたとしたら個人的に鬱憤を晴らしていたかもしれない。

 健気なイヴェットを傷つけたことは許しがたい。


 しかしイヴェットの側にいるのに、自分が汚れるのは気が引けた。

 フランシスの目にはダーリーン達は既に汚物に等しく映っていた。

 つまりフランシスのわがままなのだ。

 

「さあ出してあげましょうか。今はあなたを守っているその檻から。エスコートは得意なんですよこれでも」


「やめ、やめてちょうだい」


 出せと揺らしていた檻に、今度は縋るようにしがみついてダーリーンは首を振った。

 その様子をフランシスは興味なさそうに見つめる。

 右手を挙げると体格のいい男がフランシスの指示を受けて牢の鍵をあけた。


「いや! いやああ!!!」


 地獄への扉が開くその音にダーリーンは部屋の隅へ逃げようとする。

 しかし男たちはそれを許さず足を掴んで引きずりもどした。

 そのまま何年も積み重なった汚物と腐臭で汚れたダーリーンを牢の外へ連れ出す。


「暴れるようなら骨の何本か……ああ、イヴェット嬢の痛みを知る為にも腕でも先に折ってください」


 イヴェットの受けた痛みと恐怖はこんなものではない。

 フランシスは無感動にダーリーンの悲鳴を聞く。

 これからダーリーンには報いを受けてもらう。しかしそれはイヴェットは知らなくても良い。

 フランシスは薄く笑う。


「拷問もタダじゃないんですよ。何の情報も持っていないあなたを苦しめるためだけに私が頼んだんですから、感謝してくださいね。それでは良い旅を」


 興味を無くしたようにフランシスは背を向けて牢を去る。


「いやあああああああ!!!!!!」


あとにはダーリーンの悲鳴だけが残り、いつしか悲鳴さえも聞こえなくなっていた。

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