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「きゃっ!」


 その時馬が大きくいななき、車体が大きく揺れた。

 そのままがたりと斜めにずれて停止する。


「何事だ!」


 フランシスは素早くイヴェットに覆いかぶさってかばう。

 そのまま横窓から外を確認し、御者との連絡窓も注意深く確認した。


「……おかしい。誰もいません。イヴェット様は窓から顔を出さず、席の真ん中でなるべく小さくなっていてください」


「は、はい」


(また誰かが私を殺そうとしているの……?)


 ぎゅう、と自分を抱きしめるように小さくなる。

 フランシスをまた危険に巻き込んでしまったことも情けない。


 息をひそめたフランシスは足でドアを強く蹴り開け、即座に抜刀しながら外に飛び出した。

 自分の背後と進行方向に誰もいないのを素早く確認すると、血が広がっていないかと地面を見る。


「……?」


 おかしい。

 周囲は多少ざわついているが王宮に向かう大路だにしては悲鳴も上がっていない。

 ひとまず剣のグリップは緩めず御者台に近づいていく。


「ああ旦那! すみません、車輪を取られちまったみたいで。安全帯を外すのに手間取ってご連絡が遅くなって申し訳ない」


「車輪?」


 確かに車体が傾いている側、ドアの反対側の後輪が道のひび割れにとられていた。


「襲撃ではないんですね?」


「襲撃? いやいや、そんな物騒なことはないですよ」


「……そうですか」


 フランシスは肩の力を抜いて納刀する。


(はやくイヴェット様を安心させなければ)


 ドアを開けると斜めになった車体の中で一生懸命真ん中で小さくなっている彼女がいた。


「お待たせしました。もう大丈夫ですよ」


「あの、お怪我は」


 気遣わしげなイヴェットにフランシスは揺れの理由を伝えた。


「まあ、事故だったのですね」


「はい。大事がなくてよかった。驚きましたね」


 イヴェットは身体の強張りがなくなるのを感じた。

 安心してもいいと思えるはフランシスのおかげだ。


「では後ろに行きましょうか」


「後ろ?」


 馬車を降り、不思議そうな顔をするフランシスと共に御者の元へ向かう。


「後ろから押しますからお馬さんにも頑張ってもらってもいいですか?」


 イヴェットの申し出に御者は目を丸くした。


「へえっ? えっ、いやお客さんにそんなことさせられませんよ」


 明らかに貴族の客がそんなことをいうことはない。さらには女性だ。

 フランシスも態度にこそ出さなかったが内心驚いていた。


「だめだったら大人しく待ってますから、やるだけやってみませんか?」


「彼女は大丈夫ですよ。痕から圧力をかけるような真似はしません。馬の準備が出来たら声をかけてください」


 それなら、と御者は首をひねりながら手綱の調子を確かめる。

 ややすると「いきますよー!」という声が前方から聞こえてきたので、全員で一気に動かす。

 道のひびは深くはあったものの、なだらかなものだったので一度動き出すと抜け出すのにそう苦労はなかった。


「いやあ、ありがとうございます。見たところ馬車自体に壊れたところはないのですが、このまま乗っていきますか?」


 普通の貴族であれば事故を起こした馬車など乗り捨てて新しい馬車を使う。

 だがイヴェットは当たり前のように言うのだ。


「ぜひお願いしますわ」



離宮に着くとイヴェットはすぐさま6人の衛兵に囲まれた。


「これは一体……」


「私は記録の確認にここを離れなければならないので、護衛を」


「多すぎませんか?」


 王族だって普段は1人か2人程度だろう。


「起こったことがことなので。念のためです。そう長い期間この人数ではないのでしばらく息苦しいかもしれませんがご容赦頂ければ。……その、あなたが心配なのです。どうしても」


 真摯に見つめられそんなことを言われてはイヴェットにはもう受け入れるしかなかった。


「わ、わかりました」


 その言葉にフランシスはあからさまに嬉しそうな顔を隠そうとしない。

 イヴェットは心の中で白旗をあげた。


(この騎士団長様は危険すぎるわ!)


 敵と対峙するときは鋭い剣のような雰囲気をまといその背中は盾のようだった。

 しかしこういう時、かわいいと思ってしまう。


 心を開いてくれているのを感じるから、イヴェットもフランシスをどんどん信用している。

 そして信用以上にもっと一緒にいて相手の事を知りたいと思い始めていた。


「私は大丈夫です。こんなに良くして頂けるのがなんだか申し訳なくて」


「あなたを守れるのなら役得でしょうね。本当は私がずっとおそばにいたいくらいですから」


 冗談だと分かっていてもドキりとする。

 今までイヴェットに勘違いさせるような言葉を向けた人はいなかったのだ。


(私に恋愛方面の耐性がないことは分かっているわ! 分かってはいるのだけれど……)


 気のある言動というのは絶対に自分の勘違いなのだ。

 そうやって女性に迫られて困っているとかつて彼自身が言っていた。


(何度も命を助けてもらっておいて困らせる事だけは絶対にできないわ)


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