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フランシスは強い覚悟を秘めた視線でイヴェットを見つめる。


「……暴漢があれで全てとは限りませんから」


 ゾクリと背筋が冷たくなる。あの男たちはなんと言っていただろうか。そう、あれは。


「そういえば『仕事』だと言っていました……」


「仕事? 誰かから依頼を受けたという事ですか」


「分かりません……いえ、たしか」


 ついさっき殺されたあの光景を思い出す。

 心臓はばくばくとうるさいほどに脈打ち頭に釘をガンガンと直接打ち付けられているような頭痛がする。

 でも思いださなければならないことだ。


「無理はしないでください。あなたはご自分で思っている以上に疲れて、すり減っている」


「いえ、今思い出さなければだめなんです。今を逃せば多分」


 人は強いトラウマがあった時、それを忘却する事で心を守ることがある。

 イヴェット自身もそれは体験していた。

 ピラート島であんなに間近に見た魔物を、今ではもうあまり思い出せない。

 後ろの森はなんとなく覚えてはいるのだが、魔物がいたところだけぽっかりと穴が開いたように空白なのだ。


 (それに声は忘れやすいわ)


 伝言ゲームは聞いたことをそのまま伝える難易度が高いからこそゲームとして成り立っている。

 ぶるぶると震える手を、やはり震えるもう片方の手で押さえつけて先ほどの光景を呼び起こす。


「イヴェット嬢」


 遠慮がちにフランシスの手がイヴェットの手を包んだ。手袋越ごしの熱がじわりと伝わる。

 イヴェットよりも苦しそうに眉根を寄せ、本気で案じている。


(そうだわ。いつだってフランシス様が助けてくれたのだもの)


 ふっと体の強張りがほどける。

 その拍子に先ほどの光景が思い浮かんだ。


 『わるいな。雇い主は死刑になったみたいだが、請け負った仕事はやるのがモットーなんだ』


「あ! 思い出しました。雇い主は、や、雇い主は……ダーリーン・バルテル、だと思います」


 それから何があったかを二人で話し合った。

 フランシスはあの時すぐ異変に気付いて戻ってきてくれたらしい。

 言い争う声を聞いて塀へ上って確認しようとしたらイヴェットが襲われていたのだ。

 そのままナイフが外れるように飛び蹴りしたので急に現れたように見えたのである。


「その時の会話で『雇い主は死刑になった』と言っていました。仕事を依頼されて遂行するまでのおそらく短い期間に死刑になり、私に殺意を向ける相手はあの人たちしか思い当たりません」


そもそもダーリーンたち以外から殺意を持たれたことはないはずだ。


「なるほど。確かにあの人たちならありそうですね」


 ダーリーンたちは騎士団預かりになっていたので普段の素行も報告されている。

 反省の様子は見られず監視員にも反抗的だったらしい。


「ただ確信はあっても証拠がありません。重い刑が決まっている相手をどうにか出来るものなのでしょうか」


「……証拠は心当たりがあります」


「そうなのですか?」


「今日この大事な日に彼女らは代言人を連れてきませんでした。牢でもあなたからの金銭援助があり代言人を雇った記録があったはずです」


 代言人についてはイヴェットも気になっていた。

 裁判を軽く見ていて出牢後の資金としてため込んだのか、もしくは牢で快適に過ごす為に使ったのかと思っていた。

「……雇ったのは代言人ではなく、殺し屋だったということですか?」


「今の段階ではそう考えるのが自然です」


 戻り次第、記録を当たり精査するというフランシスにイヴェットは恐縮する。


「私のせいでお仕事を増やしてしまいましたわね」


「いいえ。治安維持の一環ですのでお気になさらず。あの男たちは囮にも騙されずあなたを狙ったやり手です。」


 イヴェットの気持ちを軽くするための優しい言葉だ。もちろんそれもあるのだろう。

 しかし仕事だからと言われて少し寂しくもなった。


(おかしいわね。私ったら、なにを期待していたのかしら)


 フランシスはずっと仕事で付き合ってくれているのだ。

 立派な騎士に私情はないはず。


(王子の噂に感化されちゃったのかしら。助かったからって気が緩みすぎね)


「確かにそうですね。騎士団の方が暇になるくらい平和になるよう祈っております」


 口元に手を持っていこうとして気づいた。

 未だイヴェットの手は、フランシスに包まれたままだった。

 あまりに心地よい温かさで落ち着いてしまい、離すタイミングを見失っていた。


(どうしようかしら。でも動かそうとしたのはフランシス様も気づいている、はず)


 ちらりとフランシスに視線を向けると爽やかな笑顔が返って来た。

 イヴェットを安心させるためなのか、気づいていないのか、その眩しい笑顔だけでは推し量れない。

 

 もちろんフランシスは手を離そうとしたイヴェットに気づいていた。

 だが離宮に着くまでの短い時間、気づかないふりをすることにしたのだ。


(困らせたくはないのだが)


 少しでも落ち着けばと思って伸ばした手だが、今は非常に離れがたく感じる。

 細いながらもペンだこのある手は、彼女の心労と普段の仕事ぶりが垣間見える気がした。

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