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 神聖裁判が終わった。


 裁判の終わりには前代未聞の傍聴席からの拍手が起こり、神査官に注意される事件もあったりもした。

 殺人という事で手続きの大半は王家と騎士団預かりになり、イヴェットは簡単なサインだけ書いて終わってしまった。


(あとは帰るだけね。……私の家に)


「送らせてください」


 神殿を出る直前、フランシスに呼び止められた。


(もうとっくに用事は終わっているでしょうに、待っていてくれたのかしら)


 そう思うとなぜか嬉しく感じる。

 自分を心配してくれる人がいて、気遣ってくれるというのはこそばゆくも心地よい。


「いえ、大丈夫ですわ。もう私を狙う人もいないわけですし」


「そうでもありませんよ。むしろこれからが少し大変かもしれません」


「え?」


(どういう事かしら)


 フランシスは窓横の壁に背中をつけるようにして外を見る。

 そうしてイヴェットを指だけで呼んだ。


「ご覧ください」


「まあっ」


 窓から見える植え込みの中に男が潜んでいた。

 高価な録画魔導機を構えて神殿の出入り口を見張っているところからするとどこかの新聞記者だろう。


(解放感と嬉しさで何も考えていなかったわ……)


 考えるまでもなく、関心の高い事件と裁判なのだから当然で待ちの記者はいるはずだ。

 家に帰ること以外は心になかったので。


「お恥ずかしいですわ。少し浮かれていたようです」


「喜びはあなたの当然の権利です」


 フランシスは馬鹿にすることもなくただ穏やかにほほ笑む。

 それをイヴェットも同じように、心の底から穏やかに受け止められることが嬉しかった。


(結婚してから、こんな日が来る日々を想像もしていなかった気がするわ)


 それよりも目下は記者たちだ。

 きっと彼だけではなく色んなところに潜んでいるのだろう。

 彼らには世話になった部分もあるので改めて感謝の手紙を送るとして、今はそっとしておいてほしい。

 知っている人間の死刑が決まってほっとしてる所を見られれば、余計な誤解を生みそうだ。


「囮を用意しました。彼らに表から出ていってもらい、その隙に裏口に回りましょう」


 見ると自分と似たような背格好の女性がいた。

 イヴェットが気づいたの気づくと会釈をする。

 帽子を目深にかぶり、髪の色も似ているのでイヴェットを知らない人であれば遠目には分からないだろう。

 それにしてもずいぶん用意がいい。


「王家と関わりがあるとこういう手段に詳しくなるんですよ」


「はあ」


 フランシスが合図をする。

 囮の女性が頷いて外に出るとすぐにざわつくのが分かった。


「さあ行きましょうか」


 パーティーでエスコートするようにそっと腕を差し出される。

 その腕に手を添えて、イヴェットはリードされるように裏口へ向かった。


 正門に人が集まっているのか、裏口は静かなものだった。


「馬車をつけていてはここから出ると言っているようなものですから、少し歩きます。そこまではご一緒させてください」


「あ、ありがとうございます」

 

 父親が他界してから、大体のことを一人でこなすのが普通になっていたイヴェットは人に頼るのが不慣れになっていた。

 今でも組んだ腕は触れ合う程度の軽いものだ。

 けれどフランシスがあまりにも自然に寄りかからせてくれるものだから、いつの間にか頼っている。


(自分以外に頼れる人がいるというのはこんなに心が軽くなることなのね)


 押し付けがましさを感じさせないエスコートに、イヴェットは安堵感に包まれていた。


(フランシス様が困っていることがあれば、今度は私が力になりたい)


 彼が困っているところは想像しづらいが、ホット・チョコレートの差し入れくらいなら良いだろうか。


「御者がいませんね」


 神殿から離れたところにひっそりと留められていた馬車に人影はなかった。


「裁判が終わる時間は決まっていませんから、どこかで休憩されているのかもしれません」


「そうですね。少し辺りを見てきます」


 周囲には露店もなく、休憩といっても場所は限られる。

 フランシスは身軽そうに駆けだしていった。

 その背が角を曲がり見えなくなった時、遠くから歩いてきた二人の男がイヴェットに話しかけてきた。


「すみません、旅の者です。この神殿を目印に来たのですが迷ってしまって」


「中に入ろうとしたらここはだめだと追い返されてしまいました」


「ああ、それは裏口だからですわ。この建物をぐるりと反対側に回ると正門がありますから、そちらから……」


 その時ガサリと茂みから音がした。

 音のした方を確認するとすぐに縛られて猿轡をされた男が呻きながら出てきた。

 必死に身をよじって、イヴェットに何かを訴えている。


(なに!? いえ、彼は御者……?)


 風よけを兼ねたオーバーコートは御者がよく着ているものだ。

 だとしたらなぜ縛られているのだろうか。何を訴えているのだろうか。


 ゾクリと背中に冷たいものが走る。


 つい最近にも覚えのある感覚だ。

 イヴェットは二人の男から後ずさろうとするが、足がもつれてうまくいかない。


「おっと待ちな嬢ちゃん」


 すぐに腕を掴まれてしまった。

 先ほどまでにこやかだった男たちはすぐさま本性を現したようだ。

 にやついた顔を隠しもせずベルトポケットからナイフを取り出す。


「わるいな。雇い主は死刑になったみたいだが、請け負った仕事はやるのがモットーなんだ」


「もったいねえな、こんな美人を」


「美人を殺るのが一番気持ちいいんだろうが。分かってねえなあ」


 腕を乱暴につかまれたままひねり上げられてイヴェットは悲鳴をあげた。

 つかまれた腕も痛いがそれ以上に首筋に金属の冷たい気配に恐怖を感じる。


「や、めて……ッ!」


「動くと痛いぜ? 一応昼間の往来だし、静かに殺したい」


「グウ、ウッ!」


 分厚い手に口をふさがれぐいと上をむかされる。


「ううっ」


 掲げられたナイフが視界に入り、思わずきつく目を閉じた。

 こんなときだというのにかつての魔獣に襲われた時を思い出す。


(死ぬ運命なの?)


 大きく晒された首めがけてナイフが振り下ろされた。


「ギャアッ!」


 しかし予想した瞬間の痛みは来なかった。

 背後で野太い悲鳴が聞こえ、はっとして目を開ける。

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