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「はじめ我々騎士団は大型のナックラヴィーのみを視認していました。普段森林内に人が入る事はなく、生息地も遺跡から離れていた事からまず遠隔攻撃をして接近しました。討伐計画に関しては事前に王宮に提出していますので必要があれば照覧ください」
「分かりました。しかしその後の報告書では事前計画と大きく違うようですが」
「はい。接近は主に重装備兵が魔獣を引き付けるために行います」
「その隙に遠隔攻撃を行うようですね」
「その通りです。しかし接近したところ、一人の女性が魔獣に押さえつけられていました。そこのイヴェット・オーダム嬢です。どうやら被害にあう直前、間一髪のところで偶然攻撃が命中したようです」
(あの時は本当に危なかったわ)
「そうなのですか? イヴェット・オーダムさん」
神査官がイヴェットに確認する。
「ええ。……今でも、鮮明に思い出せます。あの青い馬の赤い目も、飲み込もうとする口も」
「なるほど。そもそもなぜそんな場所へ向かったのですか」
ふうむ、と資料に目を通していた神査官はふとイヴェットに質問をする。
それは誰も証言できず、証拠もない部分だ。
「共に旅行をしていたグスタフさんに腕を掴まれ、ダーリーンさんに森の中まで引きずられていきました」
「うそよ! いい加減なこと言わないでちょうだい、これは神への冒涜よ! この不敬者を喋らせるのは神を汚す事と同じよぉ!」
「嘘ではありませんっ! あなたたちは私の家の財産目当てだと話していました! 本来の計画であれば島の反対側の崖に落すと仰っていました!」
「この、まだ言うか! 証拠がないのだから全て作り話よ!」
「静かに!」
身を乗り出して吠えるダーリーンを神査官は鋭く制する。
神査官の一言で裁判所警護官がダーリーンの後ろについた。
「証拠ならあるはずです。そうですよね」
混乱した場を収めたのはフランシスだった。
(証拠? そんなのあったかしら……)
当のイヴェットには心当たりがない。
あの時おこった事はグスタフとダーリーンとイヴェットしか知らないはずだ。
殺意が証明できなければ「偶然三人が魔獣に襲われただけ」と言い逃れされてしまう。
むしろダーリーン側が「イヴェットに誘い出された」という事も可能なのだ。
フランシスはよく通る声で神査官に告げる。
「次にピスカートルでの診療録をご覧ください」
そして考え込むアンカーソンに目配せをした。
診療録、と聞いて合点がいったアンカーソンはすぐさま診療録を神査官に提示する。
「ふむ、これは?」
「それはピスカートルの騎士駐在所の医者が記したものです。公的能力は騎士団、および王家が保証します」
神査官は眼鏡を持ち上げて診療録に目を通す。
「ひどい怪我をしたようですな。治癒術士がいてこの状態とは」
「仰る通りです。あと一歩でも我々の到着が遅れていれば彼女はここに立っていなかったかもしれません」
傍聴席から同情の声気配が伝わる。
「ご覧いただきたいのは彼女の腕の部分です」
「痣が出来ていた、と書いてありますね。人の手の形の」
フランシスが頷くと会場がざわめいた。
「大きさからして男性のものです。医者が言うには出来てすぐのものであり、骨にかすかにヒビも入っていたとのことです」
(痛かったのも道理だわ)
掴まれている時は恐怖でそれどころではなかったのだが、療養中はやはり痛みが強かった。
痛み止めでぼんやりしていたからか、説明を受けた覚えはあるものの詳しくは覚えていなかった。
「それこそが彼女が腕を掴まれ、森に引きずられた証拠です。また騎士団が調べたところ、遺跡から魔獣遭遇ポイントの間にかすかに布の切れ端が確認できました。当時彼女が着用していた衣服と素材と色が同じです」
「なんですってェ……!」
ダーリーンは歯をかみしめてぶるぶると震えていた。
力が入らないのか机に手をついて、背を向けて帰るフランシスを威嚇するように睨みつけている。
(怯える子犬みたいだわ。全く可愛くないけれど)
ヘクターもカペル夫人もパウラも、勝負がついたのを悟ったのか青い顔をして大人しくしていた。
だが、まだ証拠はある。
殺意を示す重要かつ最大の証拠だ。
有罪は決まっているだろうが、量刑を重くするにはその悪質性と動機が重要になる。




