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いつもダーリーンの最悪な宴会を見ていたのでこんなに穏やかな集まりがあるのかと拍子抜けしたものだ。
他愛もない話や今までの事を話すと気持ちも少しすっきりした。
王妃たちは終始イヴェットに気を遣い慈しんでくれていた。
「あれから王妃のサロンではホット・チョコレートが出されているようですよ。流行に敏感なご婦人方の間ではすでに人気になっていて、誰もが王妃のサロンに招かれようと躍起になっているみたいです」
「そのようですわね。サロンに招かれた方々から素敵な感想のお手紙を頂いておりますわ」
実のところ、感想という体でホット・チョコレートの融通を求める手紙ではあった。
さらにはその噂を聞き、飲んだこともないご令嬢方からもホット・チョコレートを売ってくれないかという手紙も大量に届いている。
その手紙には悲劇のヒロインとしてのイヴェットへの同情と応援もしたためられいた。
どうやらメイナードの作戦は恐ろしいほど上手くはまったらしい。
王妃たちはイヴェットの後ろ盾になると明言したわけではないが、ホット・チョコレートを広めたのが王妃であるのならばそれなりの交流があると人々は勝手に考える。
「王妃も姫君も、王家は現状を大変気に入っていらっしゃいます」
「……なるほど」
(どうしてこんなに良くしてくださるのか分からなかったけれど、いま腑に落ちたわ)
つまるところは投資なのだ。
フランシスの言った「価値を低く見積もりすぎている」というのは、王家がイヴェットに期待している利益に対してなのだ。
王家はイヴェットが思っている以上に、イヴェットの生み出す利益を高く見積もっている。
(もちろん、王家にお世話になるのだから出生から商会のことまで全て調べ上げられているとは思っていたけれど)
それを踏まえて味方になってくれるのというのならあまりにも心強かった。そして同時に気を引き締めなければならない。
(ホット・チョコレートは確実に流行させる。いいえ、『日常』にさせる)
「事業に集中する為にもはやく片をつけたいところですわ」
「そうですね。お家のことも、早く解決するよう尽力いたします」
物語の騎士らしく、爽やかかつ真摯な瞳でイヴェットを見つめる。
(社交界にまいた噂が受け入れられているのはまるで物語から出てきたかのようなフランシス様の影響が強いのでしょうね)
「フランシス様には助けて頂いてばかりですね」
家から逃げたくて息抜きにパーティーに参加した時も、ピラート島でも、ホット・チョコレートでも、そして今も。
「あなたの助けになりたいのは、私のわがままですよ」
「……?」
うまく意味が呑み込めない。
イヴェットが混乱している間にフランシスはキラキラの爽やか笑顔で話を移した。
「おや、ホット・チョコレートがなくなったようですね。城の使用人にまた作ってもらいましょうか」
そして王家はそれだけでは動かないだろう。
王子と面会した時には緊張で頭が回らなかったが、こうして穏やかな時間があるとつい考えてしまう。
「フランシス様。王家は私に何を求めているのでしょう」
「なにを、というのは?」
「助けて頂いて本当に感謝しているのです。ですが慈善事業にしてはなんというか、その王家が受け取る『見返り』が少なすぎます」
今のところイヴェットは王家から何も要求されていない。
むしろ至れり尽くせりの優雅な生活を送らせてもらっている。
身分の高いものは社会奉仕の精神を求められるとはいえ、何も考えず無償で行っていればいつか破綻する。
「その、メイナード殿下や王妃様と接した身からするとそこまで無謀な方々ではないと思うのです。フランシス様は何か聞いていらっしゃいませんか?」
フランシスはしばらく呆けたあと、腹を抱えて笑い出した。
「あっはっは! そうですね。では丁度いらっしゃった王子に聞くのが手っ取り早いのではないでしょうか」
「えっ!?」
「あっお前。そこはもうちょっと黙っているべきだろう」
フランシスが視線を向けた生垣の先から件のメイナード王子がガサガサと花をかき分けやってきた。
イヴェットはサーッと顔が青くなる。
失礼な事を言ったつもりはないがそれは受け取り手である王子次第だ。
(ど、どうしよう)
「ほら、レディ・イヴェットが顔を真っ青にしている。お前のせいだぞフランシス」
「えっ? あっ、わっ、あの、大丈夫ですか? 王子がいたずら性で本当に申し訳ない」
「俺のせいか?」
血の気のないイヴェットに気付いて慌てるフランシスと悪びれない王子を見てイヴェットはなんとか冷静になる。
どうやら怒ってはいないようだ。
メイナード王子はあまり細かい事を気にしない性質なのかもしれない。
冷静になるとさっきの会話を王子が聞いていた事に気付く。
(聞かれたのなら仕方ないわ。直接聞くしかないわね)
「大丈夫です。ご心配をおかけして申し訳ございません。ところでメイナード殿下、お答えいただけるというのは本当でしょうか」
これはフランシスが言っていた事なのでイヴェットは堂々と聞けた。
「何の話? さっきここに来たから実はあんまり聞いてなかったんだよね」
「イヴェット嬢へのサポート関して何か要求があるのではないか、と心配されているんです」
「ああなるほどね」
フランシスが要約して伝えてくれたが、あまりにも素っ気ない説明である。
しかし王子も気にした様子がないのでイヴェットは多少気が楽になった。
「まあ気にしなくても良い、と言いたいところだが確かに君に頼みたい事はある。そもそも今日ここに来たのはそれが目的だ」
「だとしてもお一人でいらっしゃらないで下さい」
「どうせお前が入り浸ってるんだからいいだろ」
「なっ……入り浸ってはいませんよ」
「休憩時間の度に来るのは入り浸るって言わないか?」
会話の途中でフランシスがメイナードの口を無遠慮に手で塞いだのでそこで会話は終わってしまった。
「兄弟同然に過ごされたというのは本当なのですね」
「はは、ありがとう」
メイナードは真剣な目をしてイヴェットを見る。




