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フランシスがなるほど、と微笑む。
「誤解であれば、問われた時に否定なさればいいだけですね」
「そうとも。君が否定すればするほど周囲は盛り上がり、嘘はついていない。いつか真相が分かったとしても君の名誉は傷つかない」
(王家の方々というのはこういう計算が瞬時にできなければならないのかしら……)
商会で数字を動かしている方が楽だと思う。
「君は悲劇のヒロインになるんだ。離婚の事を考えるとあまり妻という側面は出さない方が良いな」
ふむ、と考え込んだメイナードは数秒後には美しい顔をさらに輝かせて楽しそうに提案した。
「……よし、結婚したものの義母の嫉妬が激しく、夫は母親に逆らえない。家族ぐるみで冷遇されていたがイヴェットは健気に家を維持しようと頑張っていた。しかし義母の執着は常軌を逸したもので、イヴェットは努力むなしくピスカートルまで連れ出されてしまう。そこで恐るべき殺害計画の被害者となってしまったのだった。しかし! 敬虔な神の信徒である君が祈ると騎士が現れ助けだしたんだ」
「私も出演するのですか? それに島には魔獣討伐の為に行っていたんですよ」
「知ってるよ。でもウケがいいだろう? 騎士と囚われの姫君の話は。大事なのは人々の共感といかに応援させるかなんだから、それくらい協力しなよ」
「それは構いませんが……」
「あの、フランシス様にもご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありません」
申し訳なさから目を伏せたイヴェットには、『物語の中で恋仲のような扱いになっている』ことに頬を染めているフランシスに気付けなかった。
「謝らないでください。あなたは憂慮すべき事態に直面しているのですから、救いたいと思うのは自然なことです」
「そうそう、こいつはいっつも僕に苦言を呈する機会を狙っているだけだから気にしなくていい」
「あなたは気にしてください」
ハラハラするやり取りをする二人に、イヴェットは自分に何かできる事はないかと慌てて考えを巡らせる。
「それでは気が咎めますので、お礼にホット・チョコレートを沢山差し入れいたします!」
イヴェットの発言にフランシスもメイナードも目を丸くしたあとはじけるように声をあげて笑い出した。
「ありがとう、ございます……。ふふっ、楽しみにしています」
「ほっとちょこれーとって何!?」
「独特の風味がある飲み物ですよ。私たちのお気に入りなんです」
「へえ、それはいいね。出来るだけ借りを作らない姿勢も。君のこと気に入っちゃったな。僕にも差し入れしてよ」
「は、はあ」
(そんなにおかしなことを言ったかしら)
上手く呑み込めず呆気にとられるイヴェットは知らない。
王族や騎士に送られるものは半分以上が下心のある賄賂品であり、その浄化に日々苦慮していること。
そしてイヴェットの素朴なお礼は、陰謀渦巻く王宮の中であまりに陽だまりのようだったのだ。
「筋書は考えたし、サポートもする。でも一番は君しだいだからね、イヴェット嬢。うまく演じるんだよ。僕たち王族みたいにね!」
からりと言われたブラックジョークを笑っていいのか分からず、イヴェットは引き攣り笑いをするだけだった。




