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カペル夫人
夫であるグスタフとその姉のダーリーンは人を殺す事についてためらいがないらしい。
カペル家に嫁ぐ前も後も普通の暮らしをしてきたと自負していたが、世の中狂気はその辺にあるものだ。
「あなたも協力してくれるなんて思ってなかったわ。でも、やりやすくなる」
ダーリーンが差し出した手を夫人はにやりと笑って握り返す。
「もちろん分け前は頂きます」
最初は純粋に旅行だった。
代金は全額オーダム男爵家持ちであり移動も宿も全て手配するというのですぐに承諾した。
その後ダーリーンとグスタフの間で殺人計画が持ち上がったらしい。
地方に行けば行くほど治安は悪くなるものだ。
騎士も自治体も有限なのから目が届かない場所は当然ある。
人に対して土地が広ければ単純に手が足りないし、王都のように重要視もされていない。
「ピスカートルのような辺鄙なところであれば、人を殺した所で事故として処理されるだろう」
急激に広まりつつある旅行ブームへの国の対応は遅い。
国内での殺人は当然国内法が適応されるが、そもそも事件が発覚しづらい。
見つかったとしても事故として証言すればいいだけなのだ。
「泣く演技の練習しておいた方がいいわよ」
ダーリーンは高笑いを扇子で隠しながら男爵家へと帰っていく。
カペル夫人は普通の平民としての人生を歩んでいたが、嫁ぐ前の家は常に困窮していた。
父は飲んだくれ、母は病気という家に生まれなんとかその日その日の生活費を稼いでいた。
ろくな持参金もないのでろくな結婚相手でもなかったが、やっと自分の人生に光明が差したと夫人は確信する。
男爵家の資産で、これまでの貧乏暮らしの清算をするのだ。
ダーリーンによると山分けしたところで使い切れないほどのお金が手に入るらしい。
『オーダム家の先代当主が娘にかけた保険金もヘクターのものになるわ。協力するならそれも分けましょう』
やっとだ。やっとお金を気にしなくていい生活ができるのだ。
着たいドレス、華やかなアクセサリー、使用人も雇って家事をしない生活。
憧れていながら別世界のものが、やっと手に入るのだ。
生活に困っているわけではない。しかし、それだけだ。
これまで不幸だったのだから、今まで幸福だった女が一人死ぬくらい、どうということはない。
(幸せの権利を譲ってもらう時が来ただけよ)




