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チョコレートは専売契約まで取り付けられた。
金貨二枚でこの成果は上々だろう。
ギルド内で冷やかされてもどういうわけかハクスリーが黙らせていた。
トレイシーは急に態度が変わったハクスリーの事を訝しんでいたが、侍女らしく口は出さない。
「そういえばあんたのとこは旦那の商会か? 旦那はどうした」
「この名前に聞きおぼえは?」
イヴェットは微笑んで契約書の名前を示す。
「オーダム……? アンタ、噂のオーダム商会のとこのか!」
「噂?」
「オーダム商会は一時期ヤバかったが、妻の方が口出しするようになってから大層景気が良いって話だよ。いや、その妻ってのがアンタなら噂にも納得だな」
チョコレートはギルドの上役の中でかなり話題になったものだ。
これは売れると仕入れたもののチョコレート自体の価格の高さや苦みがネックとなって上手く売れていなかったのだ。
さらには見知らぬ黒い食べ物というだけで人はまず警戒してしまうのだ。
しかし噂のやり手の細君はチョコレートに気付き、きっちり交渉してみせた。
これできちんと売るのであればピスカートルのギルド中で話題と信用を得るだろう。
ハクスリーはその点についてはあまり心配していない。ああまで強気で商権を取りに来たのなら何か勝算があるのだろうと踏んでいる。
「口出しですか。お恥ずかしい限りですわ」
「全くだな。アンタが動かしてるってちゃんと外に向けて言わないと誤解を受けたまんまだぞ」
「え?」
ハクスリーは既にイヴェットを応援したくなっていた。
まだまだ若く、肩に力が入っているし危なっかしい手段もとるが、彼女の目は本物だ。
「世間様じゃ女が商売、いや仕事をしてるだけで白い目で見られるだろうがな。アンタならねじ伏せられる気がするよ。商売敵になるより味方にしておきたいもんだ」
ハクスリーの後ろ盾を得てピスカートルでの仕入れはかなり楽に進んだ。
王都の退屈な貴族が好みそうな刺激的なもので溢れている。
しかし量が多いので気づかなければ埋もれてしまいそうなものもあった。
それらを見出すのが楽しい事にイヴェットは気づく。紙面だけでは分からない魅力だ。
「私にはさっぱりです。正直どの食事も美味しくて全部売れそうですよ」
「確かに港町だけあって新鮮なお魚は本当においしいわよね。生で食べるなんて驚いたけれどぷりっとした歯ごたえなのに舌でとろけそうで。たんぱくな味わいをお塩が引き立てていて、あれを味わうのは現地に来ないと無理ね」
「そんな事言われたらまた食べたくなっちゃいました……」
明日は最終日だ。
騎士団の駐留地に向かい手土産を渡し礼をする。
アークリエ騎士団には王都に戻ってからも世話になる予定なのだ。
こんなものでは足りないのだがとりあえずの気持ちを示す。
騎士団の方々は大いに喜んでくれたので嬉しく思う。
彼らはイヴェットの命の恩人なのだ。打算はあるが、それ以前に報いたい気持ちが多い。




