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 翌日はチョコレートの仕入れ交渉の為に貴婦人風のドレスを着こんで仲買ギルドを訪れた。

 新参者がいきなり売れと言っても難しいかもしれない。

 しかしギルドの方もチョコレートの売り方が分からず持て余しているような気配だった。


「お嬢さんが? 女は帰りな」


「話くらい聞いて下さい!」


「いいか、ここは流通の最先端。女子供のおつかいじゃない。あんたの為に言ってるんだぞ。ここは気性の荒いやつも出入りすんだからご婦人なんかどんな目に合うか分からねえからな」


 漁師もしているのだろうか。

 丸太のような腕を持つ男は話も聞かず取り付く島もない。

 追い出されては鼻先でドアを閉められ、どうしようもなかった。


「話も聞いてくれないなんてひどいです」


「出直しましょう」

 

 珍しい事ではない。

 新顔は警戒されて当然だろう。

 さらに女一人で乗り込んでくれば頭のおかしい貴族に目をつけられて面倒な思いをすると身構えられる。

 

 オーダム商会はその名前と実績で渋る相手も黙らせてきた。

 勝手の違う土地とはいえヘクターがいなくてもなんとかしてきたのだ。

 ダーリーン達と縁を切りオーダム家を一人で盛り立てる為にも、ここは踏ん張りどころだ。


 港町の酒場は王都と違って荒っぽい。

 長旅から帰って来た船乗りは乾燥豆と塩漬け肉、ビスケットを見たくない。

 代わりに新鮮な野菜や果物、そして女が提供される。

 そこかしこで賭けが行われ、喧嘩がおき、たまに流血沙汰。


 王都の紳士クラブに仕事で入った事があるくらいのイヴェットは目を白黒させていた。

 あまりに野蛮すぎる。

 物が飛んだり人が飛んだりで目当ての人物を探すのも大変だ。


「イヴェット様、あの方ではないでしょうか」


 昼間見た服装のまま、イヴェットを門前払いしたギルドの男がカードゲームに興じていた。

 表情からなかなか調子がいいらしい。


「くそっ今日のハクスリーは調子がいいな!」


「バカ言えいつもこうだろうが。負けたらさっさと金置きな。他に挑戦するやつは?」


「私よ」


 負けた男が立った椅子にイヴェットが座り込む。

 地味な男装をしているからか周囲は気づいていないようだった。

 しかし目の前の男はすぐに昼間の貴族だと分かったようだ。


「こんな所まで何しにきたんだアンタ。詐欺師か?」


「名前も聞かずに追い出したことを後悔するべきですわねハクスリーさん」


「なんで俺の名前を」


「どこからでも聞こえてきます」


 コン、と銅貨を机に置く。


「へっ、良い服着てたと思ってたが賭け事は処女かい」


「優しくしてくださいね」


 銅貨それをずらして下にある金貨をチラと見せる。

 目を見開くハクスリーの前でまた銅貨を上に重ねて金貨を見えなくした。


 男にエールを奢りポーカーを進める。


「チョコレートを仕入れさせてほしい?」


「ええ。損はさせないとお約束します」


「どこで聞いたか知らんがあれは貴重な薬なんだ。え? 誰だって欲しがってる」


「面白いご冗談ですね。ピスカートル内で取り扱いがある店舗は片手で足りる程度ではありませんか? 騎士団にまで売りつけるなんてよほど余裕がないのだと思いましたけれど」


 ハクスリーの顔色が悪くなる。

 ぐい、とエールを流し込んでカードをめくった。

 

「……知っているだろうが原産国も遠い。輸入量を増やしてあんたが潰れてみろ、丸損だ」


「あら、名前だけでなく話も聞くべきでしたわね。私は最初からすべて買い取るつもりですわよ」


「はあ?」


「こんなチャンスを逃せば次はないでしょうね。商船は他にもありますもの。私はただ、いち早くチョコレートに目をつけたあなた方に敬意を払っているだけですの。私はこの辺りでは新参者ですから」


 イヴェットはカードをめくり、にっこりと笑う。


「もちろん敬意を感じればその分お応えしましょう。それが商業ですからね。当然、イカサマがあれば全ては水の泡ですが」


 その言葉と共に太ももをかいていたハクスリーの手がピタリと止まった。

 縫い付けていたポケットからカードを出す事は出来なかったようだ。

 悠然とカードを操るイヴェットをじいっと観察する。ややあってハクスリーは頭をかきながら口を開いた。


「……降参だ。チョコレートについては了解した。明日詳しい話をしよう」


 ハクスリーは手札をテーブルに投げて両手をあげた。

 ダブルペアだ。


「あら嬉しい。きっとお互いにとって素晴らしい話し合いになりますわ」

 

 イヴェットは微笑んで自身のカードを裏向きのままテーブルに置いた。

 置いていた銅貨の上にさらに金貨を積んで、ハクスリーの方に差し出す。


「とても楽しい時間でしたわ。ありがとう。明日を楽しみにしています」


「お、おい」


 勝負は先に降りたハクスリーの負けだ。

 金貨二枚と銅貨一枚を握りあわてて立ち上がるも、イヴェットは既に店を出ている所だった。


「ったく、なんだあの嬢ちゃん」


 昼に尋ねてきた時は甘ちゃんの貴族がお遊びでやっていると思ったのだ。

 女が男もつれずに商談なんてありえない。

 しかし対峙してみると見た目にそぐわず場数を踏んできた気配があった。

 賭けてみてもいいと直感が告げる。


 もう一度座ればカードが目に入った。

 興味を惹かれたハクスリーはイヴェットの手札を裏返して、思わずふきだす。


「ブタかよ!」


 ピスカートル最大のギルドを仕切るハクスリーは、自分が気圧されてしまった事に気付いて上機嫌でエールをあおった。


「良き出会いに乾杯!」

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