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魔動馬車が返ってくるまで三日、整備と御者の休息に一日取ってあるのでであと四日は時間があった。
病室で寝ては悪夢にうなされるので、トレイシーが街に出て気分転換をしてはどうかと提案した。
軍の回復術士からはなるべく安静にしていた方が良いとは言われていたが、身体的なものより精神的な心配のようで病室から宿に移って良いとも確認した。
「そうね。私ホット・チョコレートについても調べたいのよ」
「お仕事ですか?」
「そうだけれどそうじゃないわ。あなたも一緒に飲みましょうよ」
町娘風の外出用ドレスに着替えて通りに出る。軽やかなドレスは解放感も与えてくれた。
通りは相変わらず人が多くにぎやかである。
ナックラヴィーの事は新聞に載っていたが、元々人が寄らない場所なので大きな騒ぎにはなっていないようだった。
旅行先は非日常ではあるがそこに根付く人々の日常がイヴェットを落ち着かせてくれる。
「ホット・チョコレートのこと、誰も知りませんね」
「すぐ見つかると思ったのだけれど」
ホット・チョコレートはまだ流通しているとは言い難く、露店の主に聞いても首をひねるばかりだった。
フランシスはどこで手に入れたのだろうか。
隊の健康促進の為に市場に出回る前に融通されていたのかもしれない。
(……そうよ、まだ嗜好品として認識されていないんだわ)
「薬屋に行きましょうトレイシー」
「えっ! イヴェット様?」
三件目の薬屋でやっとチョコレートが出てきた。
少量で驚くほど高額だったがとりあえず購入し、仕入れ先を聞き出す。
「わっ、すごい香りですね。あたり一面この香りで塗りつぶされそうです」
「飲むともっとすごいのよ。苦くて驚くけれど」
「苦いのですか?」
トレイシーはチョコレートを包みにしまいながら渋い顔をする。
「その、良ければお砂糖を入れても構わないでしょうか。私は紅茶にもミルクと砂糖がある方が好きで」
「もちろんいいわよ……」
そこではたと気づく。
(そうよ、紅茶にもコーヒーにもミルクと砂糖を入れるのだからホット・チョコレートにも入れたらもっと皆が楽しめるものになるかもしれない)
気付いてしまえば試したくて仕方がない。
薬屋を探し回ったおかげで日も沈みかけているので早々にドームスへ戻った。
ここに最初に着いた時はダーリーン達がいて寛げる状況ではなかったが、いないと分かると窓からの景色がとても開放的なものに見える。
ドームスの支配人はアークリエ騎士団から事情を聞いたのか協力的だった。
イヴェットが証拠を撮りに来た時も急に引き上げたダーリーン達に対して何も言わず貴族への礼節をもって対応してくれていた。
熱いお湯、そしてティーセットを用意してほしいと言えばすぐにメイドが持ってきてくれる。トレイの上には当然ミルクと砂糖もあった。
「ではやってみるわね」
お湯にチョコレートと砂糖を入れスプーンでせっせとかき混ぜる。
「イヴェット様、私がやります」
「ありがとう。でも私が商材として動かす予定だから自分でやって知らないといけないわ」
しばらく混ぜていると感覚が軽くなった。溶けたのだろう。
最後にミルクを入れてさっとスプーンを回す。
イヴェットはドキドキしながらホット・チョコレートに口をつけた。
「これは……!」
口に入れた時に刺々しさが薄くなり、苦味がむしろ良いアクセントになっていた。
ミルクのまろやかさと砂糖の甘さでぐっと飲みやすいものになっていた。
さらにお湯だけの時より香りが際立っている。
配合はまだまだ研究の余地があるだろうが、チョコレートのみのものとミルク・砂糖を混ぜたものを売ればどの客層にも当たりそうだ。
「あなたも飲んでみて」
もう一つのカップに同じように甘いホット・チョコレートを作り、トレイシーに渡す。
部屋中チョコレートの良い香りで包まれて、それだけでも幸せな気分になる。
「あっ、これすごいですね」
トレイシーの素直な感想にこそ手ごたえを感じた。
「あの人たちがいないだけでこんなに素敵な時間が訪れるなんてね」
フランシスから騎士団の協力も取り付けた。
王都に戻れば確実にダーリーン達を動けなくするつもりだ。
その為に悪夢に怯えている場合ではない。
「思い切りのんびり過ごして英気を養うわよ」
「はい!」




