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「不思議な飲み物ですわね。確かに苦いのですけれどこの独特な香りと香ばしさ。ついもう一口、もう一口と味わいたくなります」
「分かりますよ。私もそうやってすっかり虜になってしまいまして。今は薬用としてピスカートル内でたまに購入できる程度ですが、輸入が安定すれば嗜好品にもなってほしいものです」
(……うちの商会で流通させられないかしら)
オーダム商会の食品事業部にはピスカートルとのパイプがある。
今までは主に魚の塩漬けや加工品を扱っていたのだが、このホット・チョコレートはインパクトがある。
(きっと貴族たちに売れるわ。王都に帰ったらこれも急いで準備したいわね)
考え込んでいるとフランシスが厳しい顔でイヴェットを見つめる。
「イヴェット様、その腕は」
「腕? ああ、お見苦しい所をお見せしましたわね」
カップを持ち上げた時にガウンが下がってグスタフに掴まれていた腕が露になっていた。
細い腕をぐるりと囲むように、青紫の手形が浮かんでいる。
「回復術によって骨の痛みはそれなりに引いてはいるのですが、手の跡は時間経過によるしかないのだそうです。そういえばこれも証拠として撮っておいた方が良いのかしら」
「そう、ですね……」
「もしかして責任を感じていらっしゃるのですか?」
フランシスは弾かれたように顔を上げる。
「責任なのでしょうか。正直なところ分かりません。ただ、もっと早く着いていればあなたが味わった恐ろしい思いを少しでも減らせたのにと、ただそう思います」
イヴェットはまっすぐにフランシスを見て微笑んだ。
「私はあの時、もう命をあきらめておりました。だからこうして生きていることこそが奇跡だと思っておりますわ。
そして奇跡を起こしてくださったのはフランシス様です」
イヴェットの言葉と陽の光を浴びてフランシスの深い青の瞳がちかちかと煌めく。
(月明かりの下で見た彼とは違った印象だわ)
日差しの中でのフランシスは精悍さとあまさを併せ持つ顔立ちに、姿勢の良い背中が映える。
全体の所作が上品で貴族的でありながら日常的に剣を握っている手はごつごつとして努力がうかがえた。
「そう言って頂けると気が楽になるようです。初めてイヴェット様を見た時に天の遣いだと思いましたが、今でもそう思いますよ」
「ふふっ、相変わらずですのね」
フランシスは調子が戻ってきたようだ。懐かしくすら感じる話し方にイヴェットの肩の力も抜ける。
「本当に、フランシス様にはたくさん助けて頂きました。今こうして休めているのも騎士団の協力あるからこそです。その上で、私が彼らと縁を切る為にお力添え頂けないでしょうか。もちろん、謝礼は致します」
まっすぐにフランシスを見つめてイヴェットは望みを伝える。
手の内のカードは全て晒した。
(ここで引き受けてもらえなかったら……)




