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病院に戻ったイヴェットの無事な姿を見てトレイシーは泣きそうになっていた。
「見知らぬ土地で一人でいるのは心細かったわよね。私の代わりにここにいてくれてありがとう」
「ちがいますよ! イヴェット様が心配で……ううっ」
トレイシーの頭を撫でながらイヴェットは微笑む。
「私は大丈夫よ。証拠も手に入れたの。……想像通り、私を亡き者にするお話をしていたわ」
「この後はどうされるおつもりですか?」
見ていられないというように目を伏せるトレイシーに、イヴェットは答えた。
「何もしないわ」
「う……うう……」
翌日のイヴェットは魘されながら眠っていた。
単純に体力が回復していない。そして精神も削られているままだ。
「……はあっ」
イヴェットは悪夢に囚われていた。
掴まれた腕の痛み、突き付けられた殺意。
眼前いっぱいに広がった魔物の顔。
生温い息づかい。
現実味がないまま人が死ぬ音。
次は自分。
「いやああっ!」
逃げるように夢から逃げ出し目を開く。
白い天井に向かって知らない内に手を伸ばしていた。
カーテン越しの陽は高く、びっしょりと全身汗で濡れた身体と関係なく爽やかな陽気だ。
「夢……」
(夢なのかしら)
さっきまで見ていたのは焼きついた現実のフラッシュバックだ。
髪をかきあげようとして手が震えている事に気付く。
いや、手だけではない。全身が震えていた。
「情けないわね。これから戦わなければいけないというのに……」
ギリ、と唇を噛む。それでも震えは収まらなかった。
その時ノックの音が響く。
「イヴェット様、トレイシーです。体調はいかがですか?」
トレイシーの宿は昨日の内に騎士団の人が用立ててくれていたようだ。
証拠を録って病院に戻った後、トレイシーはその宿で休んだはずである。
騎士団の人はドームスよりグレードが落ちる事を気にしてくれていたが、それでも立派な場所なのでお互い恐縮していた。
(今の自分を見たらトレイシーはきっと心配してしまうわよね)
うーんとイヴェットは悩む。
しかしその間の沈黙を不思議に思ったのかトレイシーは「入りますよ」と声をかけてドアを開けた。
「あっ」
「イヴェット様、起きていらっしゃった……のですね。まずはお着替えです!」
そういえばナイトドレスは汗でぐっしょりと濡れていた。
「ありがとう」
「お身体が冷えてるじゃないですか」
トレイシーはすぐさま熱いお湯を用意し、ナイトドレスを脱がせて暖めた布でイヴェットの体をふく。
下着も替え、仕上げに乾いた布を優しくあててゆったりとしたローブにガウンを羽織らせた。
「今日のドレスはどうなさいますか?」
「このままでいいわ。きっとあの人達が王都に戻る事を伝えに来るでしょうから、今日は治療に集中していて面会謝絶だと伝えてくれるかしら」
「分かりました。入り口の騎士の方にも伝えておきますね。つっかえ棒もした方がいいです」
「ふふっ、確かにそうね」
真面目なトレイシーの発言に少しだけ心が解れたイヴェットだった。




