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イヴェットは父の時の事を思い出していた。
葬儀のさなかにダーリーンが本性を現して全てがめちゃくちゃになったものの、父は幸せだったはずだ。
「あんなに死ねと言われたのは初めてよ。受け取った言葉の全てを全部お義母様に差し上げたいわね」
イヴェットを殺そうとしたのはダーリーンとグスタフではある。
しかし実行犯だけでなく、あの場にいた夫人とヘクターも知っていた。
であればあの言葉を受け取るにふさわしいのは彼らの方ではないだろうか。
「予想通りであれば今日、彼らは動くはず。幸いこの騒動で騎士団の方の協力は得られそうだから、証拠をつかみに行くわよ」
「証拠、ですか?」
「ええ。一応アレを持ってきておいて良かったわ。使うことなんかなければよかったのだけれど」
ドームス従業員用入り口。
夜、建物の裏側にあるそこにイヴェットはいた。
フランシスも一緒である。
「本当にご自分でされるんですか? 危険ですよ」
「あの人達の行動を一番予測できるのは私だと思います。それに誰も危険に巻き込みたくありませんから。こうしてご協力頂けて嬉しいですわ」
アークリエ騎士団長の命により、ドームスは全面的に協力体制になってくれた。
イヴェットはドームス従業員用のお仕着せに身を包み、ハウスキーパーに扮している。
手には洗濯カート。
その中に録画魔動機を忍ばせた。
「そろそろ私を封じる作戦会議のようなものをするはずです。部屋の見当もついておりますわ」
「ですがあなたは今日魔物に襲われたばかりだというのに」
フランシスは自分が傷ついたかのような痛ましい顔でイヴェットを見つめていた。
(騎士団の方って情に厚いのね)
確かにイヴェットはまだ万全の体調ではない。
トレイシーも自分が行くと言い張っていたが、そのせいで彼女に何かあればイヴェットは立ち直れそうになかった。
(自分の為に自分で行動しなければ、気が晴れないわ)
トレイシーには念のためベッドで身代わりをしてもらっている。
「これ以上『人の形をした魔物』に襲われないように手を打たなければならないのです。私が安心する為に、私の手で」
そう告げると憂慮するフランシスを背にイヴェットはゆっくりとドームスの廊下を歩き出した。
ヘクターは気が小さく小心者だ。
それに関しては人の個性だとイヴェットは思うのだが、状況がこうなった以上彼は一刻も早く安全を得ようとするだろう。
騎士団が事情を聞こうとした時もひどく怯えた様子だったという。
(いきなり騎士が現れたらやましい事がなくてもあの人は怯えていそうだけれど)
実際はやましい事が大いにあるので気が気ではなかっただろう。
ヘクターでなくてもまだ子供のパウラもいる。
グスタフが襲われイヴェットがどうなるか分からない今、不安を感じない者はいないだろう。
だから、今夜中に口裏を合わせ何か事を起こすはずなのだ。
彼らの中心人物はダーリーンだ。
普段から女王のようにふるまっている彼女の部屋にまっすぐ向かう。
部屋に近づくにつれ声が聞こえる。
ドアを閉め忘れているのかと思ったが単純に大声で話しているらしい。
念のため収音機を騎士団から借りてきたのだが必要なかったようだ。
なるべくドアの隙間に立ち録画魔動機を起動させる。
「だから船で言ったんだ! もっと計画をよく練ってからやろうって!」
「アンタも結局同意しただろう! 愛人とはやく一緒になりたいからって。しかも母親に殺人をさせるなんて本当に意気地のない子だよ」
珍しくヘクターが声を荒げ、ダーリーンを詰めているようだ。
「あの人がいなくなったら私はどうやって生きていけばいいのよお……。大金持ちになって帰ってくるって言っちゃったのにこれじゃ詐欺じゃない!」
「ね、ねえ私たちどうなっちゃうの? まさかつかまらないよねお母さん」
パウラの一言に急に現実が見えたのか皆が押し黙る。
「少なくともあの小娘の証言だけじゃ足りないはずよ。今は呑気に伸びているようだしね。私達全員がイヴェットと違う証言をすれば、誰だって貴族の娘が魔物に襲われておかしくなったと思うだろうさ。まあ無事目が覚めればだけどね」
「それじゃあ僕はジェニファーと一緒になれないじゃないか!」
「気狂い女と離婚なんか簡単なんだよ。はっ、むしろ同情されるかもね。オーダム家を乗っ取るんだからそれくらい肝を強く持ちな」
「慰謝料は寄越しなさいよ。葬式挙げる金だってこっちはカツカツなんだから」
「それくらいは分かってるわよ」
(なんておぞましい会話なの……)
イヴェットはこみ上げる吐き気に口元を抑えた。
カペル夫人はどうやら愛ではなくお金の心配からああも取り乱したようだ。
「とにかく夜が明けたら王都に戻ろうよ。商会への根回しやイヴェットの知り合いを買収して口裏を合わせたい」
「そうだね。あの魔動馬車があればすぐに戻れるしここでボロを出すよりあっちで罠を張りたいわ」
「でもお母様、けが人を置いて帰ったら怪しまれないかしら」
「イヴェットが自宅で療養できるようにオーダム家を整えておくって建前があるから大丈夫よ。あの侍女は置いていくしね」
「だったら療養中に死んでもおかしくないわね。どう転んでも問題ないわよ」
「保険金は山分けですよ」
あっはっはと勝利の高笑いが廊下にまで響く。
震える手でイヴェットは録画魔動機を停止させ、カートのリネンの中に隠そうとする。
しかしその拍子にカートの吊るしポケットがカシャンと音を立てて落ちてしまった。
「あっ」
同時に室内の声も聞こえなくなる。
「誰かいるの?」
「見てきてよ母さん」
「少しは親を労わりなさいあんた達」
ダーリーンが慎重に息をつめてドアの前に立つ。
聞かれてはいないだろうが、さっきの会話を知られたら面倒だ。
外には特に気配はしない。しかし油断せず、勢いよくバッとドアを開けて周囲を確認した。
「……誰もいないわ」
廊下の遠くの方にカートを押すハウスキーパーの後ろ姿が見えるだけだ。
「気にしすぎね」
ダーリーンはドアを閉めて、明日王都へ帰る為の荷造りをヘクター達に指示した。
(髪の毛をキャップの中にしまうタイプの制服で助かったわね)
間一髪、イヴェットが歩き出した後に遠くの方で微かにドアが開く音がした。
さすがにこの距離でイヴェットだと気づくことはないだろう。
角を曲がり完全に見せなくなってからふう、と息を吐く。
今日はこのまま証拠をもって病院に戻り、寝るだけだ。




