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 しかし衝撃はこなかった。

 同時に魔物とは別の空気が動く気配と、ピュンピュンと鋭い音がする。


「弓兵、魔法兵止め! 人がいる! 接近戦に移行する!」


「グアアアッ!」


 イヴェットが目を開けると魔物は矢を受けて横に倒れかけていた。

 しかし3、4本程度では致命傷にならないらしく矢の飛んできた方を睨みつけている。

 声のした方向を見ると騎馬隊が下草を踏みつけて怒涛の勢いで向かってきていた。


「アークリエ騎士団……」


 白金の鎧に青い紋章。王城の近衛騎士だ。

 騎士たちは見事な連携で魔物をイヴェットから引き離し、徐々に傷を与えていく。

 胴を切りつけ、脚を削ぎ、首を狙う。

 魔物は少しずつ、だが確実にダメージを追いよろめきだした。

 

 隙が出来たその時青いマントをはためかせた一人の騎士が飛び掛かり一気に首を切り落とす!

 ドサッ、ドオッと音を立てて首と身体がそれぞれ地に倒れ伏した。

 確実に絶命したのと確認すると騎士たちは歓声を上げて魔物を処理し始めた。


(た、助かった……の?)


 あまりにも現実感がなくてほんの少しでも気を抜けば気絶しそうだった。

 しかし今気をやるとそのまま死んでしまいそうな気がして恐ろしい。

 座り込んで呆けていると、先ほど魔物の首を落とした騎士が近づいてきた。


「大丈夫ですかご婦人……っ! あなたは……イヴェット様!」


「へっ? 私をご存じなのですか?」


 アークリエ騎士団に顔を知っている人などいただろうか。

 彼らの事は式典で遠くから見た記憶しかない。


「私です。その、覚えて下さっているでしょうか」


 そう言って騎士は兜を脱いだ。

 その顔は、月明りと木漏れ日の下の違いはあれど確かに知っている顔だった。


「フランシス様……」


 かつてパーティーから逃げた先の庭で出会った騎士だった。

 こういう状況だというのに、だからこそだろうか、陽の光を浴びて輝く騎士姿にイヴェットは少し見惚れてしまった。

 フランシスを見ていると安全なのだという実感がある。


「お怪我はありませんか」


「ええ、おかげさまで」


 手を差し出されるが、腰が抜けてまともに力が入らない。

 それに気づいたフランシスは「騎士でも最初はそうですよ」と笑って失礼、と肩を回して横向きに抱きかかえる。


「いっ……」


「っ! 怪我なさっているじゃないですか」 


 今までは死の恐怖が全面に出ていたので気づかなかったのだが足の怪我が思っていたよりひどかった。

 これはほぼグスタフに引きずられて出来たものだ。

 そこでイヴェットははたと彼らの事を思い出した。


「あ、あの! ここにはあと二人いたんです! 一人は……もしかしたらもう、亡くなっているかもしれませんが、探していただけますか?」


「ああ……」


 丁度報告の騎士がやってきた所だった。

 離れた場所で男性が一人、魔物に殺されていたらしい。遺留品を見せようとする騎士をフランシスが叱る。


「今まさに大変だった方にさらに心労をかけるな」


「す、すみません」


 それはその通りだとイヴェットも思う。

 騎士団としては被害者の特定を急ぎたいのだろうが、もし配偶者や家族だったらその時点で気絶しかねない。

 しかしもう見えてしまった。


「私は大丈夫ですわ。その靴はグスタフ・カペラのものです。彼は私の夫の伯父です」


「ありがとうございます。もう一人はまだ見つかっていませんが、必ず探すとお約束します。まずは治療を受けて頂けますか?」


 真摯な瞳で訴えられ、イヴェットは了承した。

 フランシスはマントを外してイヴェットを座らせた。


 回復術士が到着し、応急処置としてその場で回復魔術をかけていく。

 魔術だけでは全ては治らないので薬品に浸した布を当て、包帯を巻く。


「あ……ありがとうございます。かなり楽になりましたわ」


「油断なさらず定期的に医者に診てもらってくださいね」


 フランシスは痛ましそうな顔をしているが、とはいえ手伝ってもらえば馬に乗れる程度には治っている。


(少しかゆいけれど回復魔術ってすごいわね。)


「島の砂浜で観光客の一団五名を発見しました。全員生存、魔物との接近、視認もないそうです」


「そうか。話を聞きたいからそっちに向かおう。イヴェット様のお知り合いかもしれない」


(……ッ。ダーリーンは逃げられたのね)


 そのことには素直に安堵する。

 しかし、それは自分を殺そうとする人間がまだ生きているという事だった。


(私を殺そうとしている事はバレているから、今度こそ容赦なく殺しにくるかもしれない。そもそも私がダーリーンの計画を訴えても聞いてくれる人は、いない)


 トレイシーは信じてくれるだろう。

 しかし彼女はイヴェット付きの侍女だった。

 主人の味方をするとして発言権はないに等しい。

 逆にダーリーン達はヘクター、カペル夫人、パウラが結託しているだろう。


(ヘクターは私を林に連れていかれる時に見殺しにしたも同然だし、私が死んだ方が愛人のジェニファーと一緒になれて都合がいい。カペル夫人はきっと私を恨んでいるわ。お義母様がそう吹き込んでいるでしょう。パウラは私の味方になる理由がない)


「イヴェット様? 顔色が悪いようですがまだどこか痛むところが?」


 このまま戻れば殺されることに気付いたイヴェットの顔色は真っ白だった。

 自分の体を押さえつけても震えが止まらない。


(もしかしたらお義母様たちを逆上させてしまうかもしれない。でも、今は確実な安全が必要だわ)


「……アークリエ騎士団の皆様、お話とお願いがございます」






「夫が……魔物に襲われた?」


 その場で倒れかけたカペル夫人を近くの騎士が慌てて支える。

 ダーリーン達は顔を見合わせた。

 トレイシーが割り込むように訪ねる。


「あのっ、もう一人いませんでしたか? 私と同じくらいの年齢の女性なんですが」


「それが我々が駆け付けた時には既に襲われており、一命は取り留めたのですが怪我を負われてしまいまして。今は騎士団の医療車に乗せて病院に運んでいる所です」


「そんな……」


 騎士団はガイド達が停船していた所から丁度見えない所に船をつけていた。

 魔物討伐により現地住民に不安を与えない為だがそれがガイド達に伝わっていなかったらしい。

 厳重注意を受けながらも騎士団は一行を連れてイヴェットのいる病院へと向かった。

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