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巨大な馬のようなシルエットの魔物だった。通常の馬の3倍はあるだろう。
全身が青い色で、魚の鱗のようなもので覆われていた。
馬の耳から口に向かって長いヒレのようなものがある。
目は爛々と赤く輝き、明確な敵意と殺意を向けられているのをすぐに理解した。
立ちはだかっているのは明確な死だった。
(あ……でも、私一人が死ぬより全員道連れに死ぬならそれでもいいわ)
イヴェットにとってはどちらにせよ免れない死なのなら、魔物が出てきてくれてむしろ幸運なのかもしれない。
財宝目当てに現地の禁足地に入り魔物に殺されたなど間抜けではあるが、イヴェットを知っている人間なら信じないだろう。
「グアアアアアアアアッ!」
魔物は天に向かって吠えた。
ビリビリと周囲の木ごと空気が震え、魔物は首をぐるんと回して目の前の人間たちを見据えた。
「ぐ、グスタフ! イヴェットを突き出すの! 逃げるわよ!」
ダーリーンは既に踵を返していた。
ドレスの裾をまくり上げて一生懸命に走る。
我に返ったグスタフも、慌てて掴んでいた腕を利用してイヴェットを魔物の方にぶん投げる。
(うっ……)
地面に投げ出されたイヴェットは衝撃で息が詰まった。
(魔物ってどうやって殺すのかしら。踏みつける? 食べる?)
混乱のあまりイヴェットはぼんやりとそんな事を考えていた。
答えはすぐに知れることになる。
魔物は投げ出されたイヴェットより逃げるダーリーン達の方に意識を向けたようだった。
タッと軽快に巨体を躍らせてすぐにグスタフに追いつく。
「う、うわああああああ!」
常にえらそうにしていた男がひどく取り乱しているのをイヴェットは見た。
今まで自分は殺す側、加害する側で加害される事など考えた事もなかったのだろう。
天に向かって、目の前の魔物に向かって助けを求めている。
「たすけてくれ、たすけてくれぇ! しにたくない!」
(そうね、分かるわ)
イヴェットは逆に落ち着いてきていた。
次に自分が死ぬのだとしても、まずはグスタフが先に死ぬのだと思うとそれだけで幸運に思えた。
今まさに自分を殺そうとしていた人が殺されようとしている。
直視する勇気はないものの、イヴェットは自分の死も受け入れつつあった。
(お父様とお母様の元へと行けるのなら、悪くないわ)
目を閉じる。
少し離れた所でグスタフの混じりの悲鳴が聞こえた。
何かの潰れる音もする。
それで悲鳴は聞こえなくなった。
後は何かの音だけだ。
そうして何か巨大なものが近づいてくる気配を感じた。
(こわい)
恐怖のあまりイヴェットは目を開けてしまった。
眼前いっぱいに顔あがった。
魔物がイヴェットを覗き込んでおり、目が合ったのだ。
「ヒッ」
(もうだめ……!)
ギュッと目を閉じせめて天国にいけますようにと祈る。




