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不安を抱えたまま奥に進むと、見事な石彫りの建築物が見えてきた。
周囲より一段高い場所に、灰色の石で一軒家くらいの大きさのものが造られている。
ガイドが扉を開け、ランタンを頼りに壁の蝋燭に火を入れた。
浮かび上がったのは祭壇だった。
ただし偶像があっただろうへこんだ場所には何もない。それだけは海賊が持ち去ったのだとガイドは言う。
生活感はない。しかし至る所に細やかな装飾がされており、大切な場所である事は一目でわかった。
(ここに歴史があったのね)
イヴェットが意匠を丁寧に見ているとダーリーンが小声で呼びかけてきた。
「思ったよりつまんない場所ねえ。それより財宝よ財宝」
「お義母様、それはおとぎ話でしょう」
「私知ってるのよ。どこか辺鄙な場所でずっと伝説だかなんだかだと思われて誰も調べなかった所を調べたら、本当に実在したって。あいつは現地の人間と揉めに揉めたらしいけど、いない魔物なんかに怯えてるここの人間が気づかない間に貰っていきましょうよ」
「あいつ、ってお知り合いなんですか?」
「ヒンズリーよ。あいつはその財宝を元手に賭博場を開いたんだから。知らなかったの?」
イヴェットはそこで納得した。ダーリーンにとっては全く眉唾な話ではないのだ。それどころかそういう場所にこそチャンスがあると本気で思っている。
そしてその現地の人と揉めた話ならイヴェットも知っていた。
ヒンズリーだとは思わなかったが、当時世論から大バッシングと財宝探しの羨望を受けていいたのだ。
「魔物がいなかったとしても、案内もなしに危ないですわ。それに財宝があればそれはここの土地の人のものでしょう」
「百年も寝かしてるなら私の方が有効活用できるわよ。あなたも着いてきなさい」
目を血走らせたグスタフがイヴェットの腕をガシりと掴んで強い力で引っ張り歩いていく。
(ひっ)
ドッと背中を汗が伝う。
理性ではなく本能が恐怖を訴える。
掴まれた腕に神経が集中してしまい声が出せない。
もつれる足はいう事を聞かず、半ば引っ張られるように策を超えて林の奥に入っていった。
ヘクターがちらりとイヴェットを見たのを視界の端に捉えたが、関わりたくないのかふいとそのまま見ないふりをした。
(トレイシー、助けて! 気づいて!)
なんとか口を開けても呼吸をするので精一杯だ。
どんどんと皆から離され、この木々の中では声も吸収されてしまうだろう。
ガイドの言う通り、道を外れたらなんの整備もされていない。
獣道とまではいかないが、この島に来られる人がそもそも限られているのなら整備自体が大変なのだろう。
「戻ってくるつもりだったのなら何か目印があるはずよ。そう、さっきの小屋と似たような像とかがあればいいのだけれどもっと奥かしら」
歩く場所を選んでいるダーリーンと違いイヴェットの足は小枝や石に引っ掛けられて傷だらけだ。
痛みで逆に恐怖が収まってきた。なんとか声が出る。
「お、お義母様」
「なあに?」
「なぜ私を連れてきたのです……? もし本当に財宝があったとして私と分けるつもりなのですか?」
それを聞いてダーリーンはアッハッハと高い声で笑い始めた。
「やだわこの子ったら。まだ気づいていないの?」
掴まれた腕はさらに強い力で締め付けられる。
骨が軋み顔をしかめるイヴェットのおとがいをダーリーンは扇子で持ち上げる。
「財宝を探しているのは本当よ。何度も自慢話されたんだもの見返したいわよね。グスタフもいるし場所だけ分かるのでもいいわ。でもあんたを連れてきたのは別の理由があるの」
その時グスタフが苛立つように訪ねた。
「島の裏側まではあとどれくらいだ?」
「まだもう少しあるはずよ。ドームスにあった地図で確認したわ」
「裏側……?」
ピラート島はピスカートル側は穏やかな砂浜が続いているが大海に面している方は波に削られて高い崖になっている。
なぜそこに向かっているのだろうか。
(……まさか!)
イヴェットは掴まれた腕を思い切り振り払う。
しかし意表をついたその行動も、恐怖で力が入らない今の状態では何の効果も無かった。
むしろさらに締め上げられて小さく悲鳴を上げてしまう。
「うあっ」
「逃げようとしても無駄よ。あんたはこのまま殺すわ」
「そんな! なぜなのですお義母様!」
睨みつけるように問うとダーリーンは心底おかしそうに答えた。
「財宝がほしいのよ」
「財宝……?」
「そうオーダム家のお金っていう財宝。もう結構稼いだんでしょう? あんたが死ぬとそれが全てヘクターのものになるわよね。そうしたら私達で山分けするつもりなの。商会はいらないから売却して、あの屋敷も古いけれど好事家が買ってくれるかもしれないわ。そうしたら一生遊んで暮らせるくらいにはなるかしら。楽しみだわ」
「葬式でそんな嬉しそうにしてたら疑われるぞ」
「ちゃんとやるわよ。死んだ証拠が必要だから死体は探してあげるし、父親の隣に寝かせてあげるわよ。私だって悪魔じゃないんだから。あら、もうすぐじゃない?」
視線を向けると林が明るくなっていた。
木がないのだ。
つまりもうすぐ崖で、そこに突き落とされる。
(い、いや)
周囲の音は段々と聞こえなくなってくる。
心臓の音だけが聴覚を支配しているようだ。
今の状況の現実味がまるでない。
前に進む度冷や汗が止まらない。
(計画をここまで話したという事はもう絶対に見逃すつもりはないという事)
今は父の隣の墓に入れるつもりだというダーリーンの言葉をいっそ救いとするべきだろうか。
(死にたくない! 諦めてはだめ、なにか、何か考えなきゃ)
しかし近づいてくる死を前に、ただでさえ力で劣るイヴェットは何もできない。
周囲を見渡すが、木や下草しかない。
掴めそうな石があっても引きずられている体勢ではうまく掴む事もできなかった。
その時視界の端になにか異質なものがちらりとよぎった。
ダーリーンも同時に気付いたのか、ぴたりと足を止める。
「どうした? 崖までもうすぐだろう」
「…………」
ダーリーンは答えない。
視線は真っすぐ前に向けられ硬直していた。
視線の先を追ったグスタフとイヴェットも同時に息をのむ。
「ま、もの」




