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 イヴェットがブローチをそっと手に包んで昔を懐かしむように胸元に寄せると、さすがに夫人も言いよどむ。

 いちゃもん世界選手権出場者グスタフも口を挟めないようだ。


「いやよ! いや! こんな所来るんじゃなかった! 皆して私をいじめて!」


 あくまで白を切ろうと泣き喚くパウラの肩に、イヴェットはそっと手を添える。


「少し脅かしすぎてしまったかしら。もちろん、冗談よ」


 にっこりと笑うイヴェットをパウラはぽかんと見つめる。

 急なことに事態がよめないらしい。


「あなたのようなな可愛い子を、そんなひどい目に合わせないわ。まだ若いのだからやり直せるはずよ。でも、条件があるの」


 ぐっと肩においた手に力を入れると、パウラはビクリと震えて怯えたようにイヴェットを見る。


(脅しすぎたかしら)


 どうやら鞭と飴はうまくいったらしいが、思ったよりも効果が覿面だったらしい。

 パウラをどうこうするつもりは最初から無かった。

 ただ地元でも盗みを繰り返し反省をしていないのであれば少しお灸を据えようかと思っていただけなのだ。


「条件は、心からの謝罪よ。自分の罪を認めて、もうしない事を誓うの」


「なっ」


 パウラにとっては屈辱だろう。

 ずっとイヴェットを下に見た言動を繰り返した彼女にとっては、使用人やカペル夫妻の前で負けを認めるようなものだ。


(勝ち負けやプライドの問題ではないのだけれど)


 せめて謝りやすいようにと『厳罰を避ける為』という理由を用意したつもりだったのだが、必要以上に怖がらせて硬直させてしまっては逆効果だったかもしれない。

 パウラは今、過去の自分と今戦っているのだ。


(彼女の為だなんて言わないけれど、ここで乗り越えられたら後の人生が少し変わると思うわ)

 しかしそれを理解しない者も当然いる。


「何をしているパウラ、謝って済むならさっさと謝るんだこんな下らない茶番に付き合ってられるか」


「そうよ。盗んだって言ったって、安物なのだからあなたは悪くないわ。客を疑うこの家の方がおかしいのよ。さっさと謝って終わりにするわよ。明日は早いんだから」


 カペル夫妻の発言でパウラはまたイヴェットを馬鹿にする、狡猾そうな顔になった。

 口先だけで謝っても、それが心からの謝罪だと主張すれば確認する術はない。

 謝った相手、それも子供にさらに追及するのは貴族らしくないだろう。

 パウラはそう学んでしまったのだ。


「……ごめんなさい、オーダム夫人。つい魔が差してしまったの。自分でも自分が信じられない。これからはこんな事がないよう、心を入れ替えようと思うわ」


 パウラはにこ、と微笑んですらすらと謝意を述べる。

 イヴェットは慈悲ともいえる最後のチャンスを踏みにじられた気がした。

 その心に広がるのは失望だ。


「この話はこれで終いだな。もういい時間だ、寝るぞ」


「まったく、ひどい目に合ったわね。気分が悪いわ」


「ちょっとどきなさいよ。私はもう許されてるんだからね」


 カペル夫婦とパウラは使用人を左右にどかせながらまるで自分たちが被害者のような振舞いで割り当てられた部屋に戻っていった。

 積みを擦り付けようとした使用人に謝るどころか、見もしない。


「災難だったわね。注意しようとしてくれたのでしょう? ありがとう、私の目の届かない場所を見ていてくれて」


「奥様……」


 使用人はほっとしたのか目に涙を浮かべている。


「今日はもう休んで良いわ。明日からは留守にするから、その間しっかり頼むわね」


「……はいっ!」


 彼女は決意を新たにイヴェットに感謝し、他の使用人も彼女にいたわりの言葉をかけながら業務に戻っていく。

 イヴェットも何かを言いたそうなトレイシーと共に来た道を戻ろうとしていた。

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