18
「お義母様、お義母様のお兄様、お義母様のお兄様の奥様、ヘクターの妹、そして私……」
初旅行で六人。
眩暈がしそうである。
ダーリーンの兄夫婦は結婚式にいただろうか。
正直もう覚えてはいない。
妹の方は年が離れていてまだ10才くらいだったはずだ。
非常に元気な……生意気、いやとても元気な子だったとイヴェットは記憶している。
兄夫婦に子供がいないからそちらで暮らしているらしい。
すり合わせの最後に「じゃあよろしくね」と言われたので手配も何もかもイヴェットがする事になっていたのだった。
元より協力の期待はしていなかったものの仕事を増やされるとは思っていなかった。
「商会の方に集中したいわよ。ヘクターの忠告ってこういう事だったのね」
書斎の重厚なデスクに突っ伏してイヴェットは唸った。
「お疲れ様です奥様」
トレイシーが淹れてくれた紅茶の香りが少しだけイヴェットを慰める。
まずはほぼ初対面の人間に手紙を出して旅行に誘い予定を合わせる事から始めなければならない。
道中の馬車もダーリーンが特殊なものを要求していた。
長距離移動も疲れない魔動システムが組み込まれたもので、人気な上に台数が限られているものである。
王族の方々が視察で使用するような、現状存在する中で最高級の馬車だ。
「普通の馬車で移動なんかしたら馬鹿にされるじゃない」とはダーリーンらしい軽率な理由だとは思った。
幸いイヴェットには商会を通じて伝手があったので今から話を通せば長期間の貸し出しも了承してもらえるだろう。
(私じゃなかったら予約取れないわよ。各方面に恩を売っておいて良かったわ)
問題はそれだけではない。
「護衛と侍女はどうしようかしら……。大人数になればそれこそ襲ってくれと言っているようなものだわ」
ピスカートルは魅力的な街だが荒くれ者も多い。
着飾って使用人を連れてのこのこ歩いていれば良い餌にしか見えないだろう。
(それに現地で楽しめないと騒ぐわよね。詳細な事前調査が必要だわ)
予算もやる事もどんどん膨れあがる。
考えれば考える程イヴェットは頭が痛くなるのだった。
「アレ、持って行った方がいいかしら」
精密品でありかさばるものは旅行には向いていない。しかし万が一の時にすぐ手に入るというものでもない。
(使う機会がないのが一番喜ばしいのだけれど)
お守りとして旅行鞄の隅に忍ばせておこう、とイヴェットは思ったのだった。
仕事が順調になればなるほど忙しくなる。
今のイヴェットには食事も眠る時間も惜しかった。
「返事も遅いし……」
ダーリーンの兄夫婦……カペル夫妻は旅行に行くという返事は早かったもののその後の日程や旅程に関してのやり取りは腰が重いらしく返事が滞りがちだった。
返答についてダーリーンに相談しても「良い感じにしておいて」と言われるだけで催促する様子もない。
(良い感じにしておいて、で良い感じになったら苦労ないわよね)
普通は良い感じになるはずがないのである。馬車を借りる日は既に決まっているのだ。
ダーリーンの兄妹と言う事で機嫌を損ねないように丁重に返事を促す手紙も送りなんとか旅行計画を進めたのだった。
「兄は豚に目が無いのよ。義姉さんはきのこがと卵がとってもお好きだからそのようにはからってあげてちょうだいね」
使用人と打ち合わせをしていたイヴェットにそうアドバイスという名の口出しをしたのはダーリーンだった。
今回の旅行は現地に着いてからではなく、馬車に乗り込むためにカペル夫妻とダーリーンの娘でありヘクターの妹であるパウラを屋敷に招待するところから始まる。
使用人たちはダーリーンの姿を見ると後ろに下がって口を閉ざした。
「お世話になってる兄さんたちがせっかく来て下さるんですもの、あなたも最高のおもてなしをしたいわよね」
「それはもちろん」
世話になった覚えは全くないが、下手にケチをつけられるのも嫌ではあるし、もとより出来る限りの歓迎はするつもりだった。
「パウラは甘いものに目が無くてねえ。デザートを沢山用意してあげたら喜ぶんじゃないかしら」
「確かに流行のお菓子とか人気ですものね。ありがとうございます。大変参考になりますわお義母様」
「私のお酒も忘れないでね。楽しみにしているわ」
浮かれたように去っていくダーリーンの背が見えなくなるまで見送って、その場にいた者は一様に息を吐いた。
「ちょ、ちょうど夕食メニューを考えていたところで助かりましたね」
ふくよかで目元に愛嬌のある料理長が場を明るくしようとする。
メモ代わりの石板に豚、きのこ、卵と石筆を走らせる。
「そうね。個人の好みの事を見落としていたわ。お義母様に感謝しなければいけないわね」
「それと奥様、例のものが届いております」




